『日本奇僧伝』 宮元 啓一 著、筑摩書房(ちくま学芸文庫)、1998年
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
序
仏教の本、特に民俗学寄りの本を読んでいると、時折、役行者(役小角)とか行基、などの伝説の僧がでてくる。と言って、そこでは、詳しく語られずに当然知っているよねって感じで素通りされてしまうのですね。いや、知らないですから。
そう思っていると、この本、『日本奇僧伝』を見つけた。ひとつ知識を入れておかねばと思って手に入れてみた。
今日のところは、「序」である。それでは、読み始めよう。
本書は、奇僧と呼ばれる僧の逸話の紹介が中心である。そのため、この序では、本来の序(アインライトゥンク)のような、方法論を展開するようなことはしないで、ごく簡潔に、この本を著した動機、ないし思惑を記すとしている。
第一の動機 — 日本人の基礎知識としての逸話
著者は、名僧、高僧などの評伝や紹介のあり方に疑問を持っているとしている。通常このようなものは、歴史上の人物の真実に迫るため、史料から、さまざまな傍証を考慮し史実を抽出する。それは後世の捏造や神話化を鵜呑みにしないためである。
しかし、そこには一つの大きな落とし穴がある。(抜粋)
それは、古い時代の人であればあるほど、世俗的な権力から遠ければ遠いほど、その人の証拠は乏しくなる。そのため、厳密な史実のこだわり過ぎると、その人物像はやせ細ってしまう。
たとえ逸話の内容が史実でないとしても、そうした逸話があるということ、そしてまた後世の人びとが、そうした逸話によってその人物を理解していたということは、これもまたまぎれもない史実である。(抜粋)
史実かどうかわからないものが多いことを明確に認識し、古来伝えられている逸話を中心に据えた評伝は意外に少なく。堀一郎の『空也』(吉川弘文館)、唐木順二の『無用者の系譜』(筑摩書房)ぐらいである。
しかし、本当とは思えない話や本当かどうかわからない逸話なども、かつての日本では、それを通してその人物を理解してきた。それは日本人の一種の基礎知識であった。
そのため、荒唐無稽な逸話であっても、それを現代や後世の人つたえることも必要である。
第二の動機 —「人間〇〇」という還元主義
戦後になってから「人間〇〇」といったテーマ、タイトルの名僧伝、高僧伝が出版されるようになってきた。この「人間〇〇」は、一見好感が持てるが、実は曲者である。
好意的には、「人間○○」というアプローチは、このような名僧、高僧といえどもわれわれと同じ人間であるという希望をもたらしてくれる。しかし、それは我々があちらへ行けるという希望を与えるのではなく、あちらも所詮われわれと同じレヴェルだと、引きずりおろし、自堕落の安心感を与えるものにもなる。
これは、戦後流行した歴史観、人間観も絡んでくるが、「人間○○」流の立つところは「還元主義」ということになる。
つまり、個人の考えや行動は、時代に還元され、社会に還元され、家庭環境に還元され、最近流行の精神分析では、幼児体験とか集合的無意識に還元される。(抜粋)
こうした還元主義自体は、人間を理解する重要な武器となるが、しかしそれは武器であって、すべてではない。このような還元主義で名僧、高僧を分析した評伝は、その分析手腕には感心するとしても、その人物の魅力はどこかに消えてしまっている。
実証主義で扱える、ないし扱うべき特定の問題を、論文として論ずるというのであればともかく、そうでない問題の立て方をしているはずのときに、そこまで禁欲的でなければならないと思い込むというのは、たいがいの人が多くの場面で覚える、時と所を越えた共感そのものを否定する、一種のニヒリズムのなせる業ではないだろうか。(抜粋)
「人間○○」という還元主義的な考え方では、名僧、高僧も人間と考えてしまうが、ではなぜ彼らと違って自分は欲と迷いに溺れ続けるのであろうかという嘆きに終わってしまう。つまりこの名僧、高僧と我々の違いは、「人間○○」式の人間主義(ヒューマニズム)、還元主義では扱いきれない。
還元主義で扱えるところは還元主義で扱い、それでは扱えないところ、断絶したところは、無理に還元主義を持ち込まず、その断絶を断絶としてじっと見つめて、いわば啓示のようなものが訪れるのを待つ、このような評伝がもっとあってもよいのではないだろうか。と、このように思われてならない。(抜粋)
この部分「人間○○」的な話は、分かるような気がするが、「還元主義」という部分はなんだかよくわからないねぇ~。えーえ、還元主義ってなんだか知らんもんねぇ♬(つくジー)
奇僧の選択について
次に、著者がどのような基準でこれらの奇僧を選んだのかが書かれている。
この奇僧を選んだ明確な基準は無いと、著者は言っている。あえて言えばとし、とても実行できなさそうなことを平然とやってのけてしまったというような逸話が伝えられた僧で、著者の心に深く思い出される人物であると。
結局、選んだ奇僧は、隠遁の士が中心となった。ここでいう隠遁の士とは、俗を離れて出家したものの、大寺院にはびこる俗気を嫌って、またそこから飛び出した人のこと、いわば二重の出家を実際に行った人である。これらの人は、行基菩薩の後半生を除いて、みな俗世の権力から遠いところに身を置いている。
この奇僧を共通の傾向と異なった傾向から3つに分けている。
- 「異能の人」:目覚ましい神通(力)を発揮した人
- 「反骨の人」:俗世の権力に対して強烈な反骨の行動をとった人
- 「隠逸の人」:徹底的に粗末な衣食住を楽しんだ人
著者は、多数の奇僧の候補を考えたが、二つの理由によりその数を大幅に削ることになった。
一つは、逸話中心に話を進める方針のため、同じような逸話が並ぶと退屈なものになる可能性があった。そのため、同様な逸話の持ち主の場合は、パンチがある逸話の方、比較的名が知れている方、説話文献に言及されている方を選んだ。ただし、それでも捨てがたい人は「仙人群像」といった項を立てて言及した。
二つ目は、鎌倉時代にも面白い人がいるが、その逸話の質がそれ以前の奈良・平安時代の人と違っている。その違和感は著者としていかんともしがたいため、鎌倉時代の人は思い切って割愛した、としている。この違いは、逸話の取り方の時代の差であると著者は感じている。鎌倉以前の人の逸話は、逸話時代に重点が置かれ、なまじその逸話の持ち主の人生に関心を向けていないため、逸話そのものが生き生きとしている。それは、奈良・平安時代の人については、まとまった記録がなく、首尾一貫した伝記を著そうとしても、無理があるという事情もある。
筆者にとっての奇僧とは、つまるところ、いかにも奇僧であるという衝撃力のある逸話が伝えられている人物であると言うことができる。(抜粋)
ここで、著者は禅僧にも奇僧らしい雰囲気を醸し出している僧がいることを認めている。しかし、自身が禅風に疎いため禅者ついては取り上げていない。これは、唐木順三が『無用者の系譜』で禅者を取り上げなかった理由と同じである。
このような理由で、鎌倉時代以降の人については、取り上げていないが、例外として『近世畸人伝』で紹介されている桃水だけはその逸話の衝撃力のため平等供奉の逸話の参考資料として付した。
関連図書:
堀 一郎(著)『空也』、吉川弘文館(人物叢書 106)、1963年
唐木順二(著)『無用者の系譜』、筑摩書房(筑摩叢書23)、1954年
伴 蒿蹊(著)『近世畸人伝』、岩波書店(岩波文庫)、1940年
目次
序
異能の人
役小角
行基
陽勝
仙人群像
泰澄
行叡
教待
報恩
日蔵
連寂
反骨の人
玄賓
性空
叡実
増賀
付)仁賀
西行
隠逸の人
空也
教信
理満
千観
平等
付)桃水
東聖
徳一と行空
後記
文庫版へのあとがき

コメント