『三国志曼荼羅』 井波 律子 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第三部 — 日本人と諸葛亮
今日のところは、「日本人と諸葛亮」である。『三国志演義』の登場人物として日本で最も人気の高いのは諸葛亮である。しかし、江戸期での諸葛亮の評価はそれほど高くなかった。ここでは、この諸葛亮人気の変遷を追っている。それでは、読み始めよう。
日本において、「三国志」の登場人物で、最も人気の高いのは諸葛亮である。(抜粋)
日本では、元禄二年(一六八九)に出版された、湖南文山の『通俗三国志』以来、「三国志」は広く読まれてきた。しかし、江戸期では、諸葛亮にとりわけ関心が集中したように見られず、江戸庶民は諸葛亮に対してかなりシャイな印象を持っていたようである。
星落秋風五丈原
このような諸葛亮のイメージは、明治になると深刻荘重、悲壮美を帯びたものになる。そのきっかけは明治三十一年(一八九八)に発表された土井晩翠の「星落秋風五丈原」である。
この長編詩では、第一章で、第六次北伐の際に五丈原で重態に陥った諸葛亮を悲痛なムードで歌い上げ、そして倒叙法により、第二章から第四章にわたって諸葛亮の生涯が回想される、さらに第五章で三顧の礼を意気に感じた諸葛亮がベストを尽くし戦い抜いたと述べた後、第六章で悲運のうちにその誠実無比な生涯を終えたと結んでいる。
この詩編は、『三国志演義』や『通俗三国志』の多様性を持った諸葛亮のイメージを、ある方向に収斂させようとする意図が働いている。
『三国志演義』の諸葛亮には、劉備の誠実無比の軍師としてのイメージもあるが、『三国志平話』(ココを参照)をはじめとする「民衆世界の三国志」の影響を受け、「狡猾な仕事師のイメージ」も濃厚に付与されている。それは魯迅が『中国小説史略』で「諸葛亮の多智を描こうとするあまり、妖怪みたいになっている」と述べたとおりである。
それに対し土井晩翠の「星落秋風五丈原」では、そのような多面性が拭い去られ、ひたすらその忠節が讃えられ、志半ばで倒れた悲劇性にアクセントが置かれている。
『演義』の世界は、主要人物がダイナミックな「活劇の精神」に彩られていて、諸葛亮もその例外ではない、しかし、土井晩翠の描く諸葛亮は、ひたすら悲しく「浪漫的」な、悲劇の愛国的英雄となっている。
このような諸葛亮のイメージの変容は、明治という国家主義的な時代精神が生んだ産物に外ならない。そして、この明治になって形成された、極めて日本的な諸葛亮のイメージが現代にまで時を超えて脈々と生き続けているのである。
内藤湖南の諸葛亮像
内藤湖南は、「星落秋風五丈原」が書かれた前年に『諸葛武侯』を著した。これは、正史『三国志』や『資治通鑑』を踏まえた諸葛亮論である。
これは、新旧世代のギャップという非常にアクチュアルな視点から描かれている。たとえば、三顧の礼をもって旧世代の劉備が新世代の諸葛亮を迎えたことを高く評価したり、「赤壁の戦い」において旧世代の曹操の敗北の原因を、新世代の諸葛亮や周瑜を見くびったことに求めるなどである。
こうした論旨は、当時の現実状況における、新旧世代の深いギャップに対する、著者の苛立ちを反映したものにほかならない。(抜粋)
こうしたコンセプトにより、諸葛亮の評価は全面的な賛美に始終している。たとえば「天下三分の計」に対して、それは諸葛亮にとって、過渡的なプロセスに過ぎず究極的な目標は天下統一であるとするなど、諸葛亮を大きなスケールでとらえている。
これは抒情ベッタリの土井晩翠の諸葛亮像とは違い、歴史家らしい乾いた諸葛亮像である。しかしその現れ方は違うが、湖南の諸葛亮像にも土井晩翠と同じく時代の精神の刻印を見ることはむしろ容易である。
吉川英治版『三国志』
吉川英治は、このような明治時代精神とともに理想化された諸葛亮のイメージをトータルな形で三国志世界に生かした。昭和十八年(一九四三)、太平洋戦争の真っただ中で書かれた吉川英治版の『三国志』は、大国魏を相手に諸葛亮率いる小国蜀が敢然と戦う。それは、当時の日本の置かれた状況がオーバーラップしている。
しかし、この作品には、そうした状況的な限界を超え、時代を超えて人を引き付けるものが、確かに存在する。この作品が生まれてから半世紀もたつ現在においてなお、「三国志」物の定番として広く読み継がれているのは、それなりに理由がある。
その最大の理由は、その文体である。著者はそれを活劇的な講談調と土井晩翠的な抒情をミックスした『演義』抒篇とも呼べる文体であり、その文体はおおかたの日本人に抗しがたい生理的快楽を覚えさせる、と言っている。
吉川英治も諸葛亮を全面的に賛美しているが、彼はその賛美の念を、全知全能の軍師諸葛亮の行動の軌跡を、多面的に追跡することによって具現化している。
しかし、また吉川英治は、敵役の曹操にもシンパシーを覚えているふしがある。吉川英治版の『三国志』の種本である『三国志演義』自体も、敵役の曹操を全否定しているわけでなく、かなり魅力的な描写がされているが、吉川英治の場合はその傾向が強くでている。
このように、仇役曹操の魅力をも活写するのをはじめとし、多彩なキャラクターをバランスよく配することによって、吉川英治版『三国志』は、諸葛亮の一人芝居に終わらない、複合的な物語世界を構築することよって成功しているのである。(抜粋)
陳舜臣と花田清輝
吉川英治後の諸葛亮をテーマとする作品の中で最も注目されるのは、陳舜臣の『諸葛孔明』である。この本は、意識的に詠嘆調に流れるのを拒否しているように見える。
陳舜臣のイメージする諸葛亮は、蜀一国の利害にとらわれず、もっとグローバルな視点に立って、魏のような強権的な国家に統合されることが、人々にとって不幸だからこそ三国分立の構図を選び取ったとされる。このような見方は、これまでの日本の「感傷の系譜」とは、根本的に異なる。
この「感傷の系譜」から諸葛亮を引き離した人として花田清輝も忘れることが出来ない。花田は、「諸葛亮とロカビリー」という破天荒な一文を著している。この本は、諸葛亮の青春時代を、後漢末のロックンロールである「梁父吟」を歌う悪童になぞっている。著者は、花田が諸葛亮を人一倍敬服しながら、それを神格化し、その悲劇性を浪漫化するのに耐えられなかったのだと言っている。
さて、日本の諸葛亮像はこれからどう変容していくだろうか。それは日本人の感性がどう変容してゆくかということと、パラレルな問題だと思われる。変幻自在の諸葛亮は、それを見る人の視点により、いかようにも、その貌を変えてみせるのである。(抜粋)
関連図書:
土井 晩翠(著)『晩翠詩抄』、岩波書店(岩波文庫)、1971年
魯迅(著)『中国小説史略』(全2巻)、平凡社(東洋文庫)、1997年
陳舜臣(著)『諸葛孔明』(上)(下)、中央公論新社(中公文庫)、1993年
花田清輝(著)『随筆三国志』、講談社(講談社文芸文庫)、2007年
初出掲載誌:(「しにか」九四年四月、大修館書店)

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