『三国志曼荼羅』 井波 律子 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第三部 — 私にとっての『三国志』
今日のところは、「私のとっての『三国志』」である。著者は、正史『三国志』の「蜀書」を翻訳したのだが、この部分は、その翻訳の過程と、そこへ導いてくれた小説家で中国文学研究者の高橋和巳氏との思い出が書かれている。
このブログのコンセプトは、本をまとめながら読むってことですが、この章のようなエッセイは、そういう読み方に馴染まない。どうしよう。っということで、そのアウトラインに触れつつ多少の感想を綴って終わることにしました。
千野 栄一の『プラハの古本屋』を読んだときにも思ったが、著者、井波 律子クラスの人のエッセイを読むと、びっくりするほど出来るのもそうだが、その早熟なことにさらに驚いてしまう。
著者が、高橋氏と最初に出会ったのが京都大学の三年生の時である。きっかけは、友人がやっている同人誌にピンチヒッターとして「円地文子論」を書いたことである。二十歳の著者は、その雑誌が出来上がると、なんと吉川幸次郎先生に謹呈したという。すると吉川は「僕より高橋に見てもらったほうがよい」と紹介してくれたのだという。著者は高橋の小説も読んでいたが『文心雕龍』という中国文学評論についての高橋の論文にいたく感動していたという。
そしてその後、筑摩書房の「世界古典文学全集」に入る予定の正史『三国志』の翻訳に著者が誘われた。それは著者の修論が不幸な大詩人の曹植をテーマにしたのも影響したようである。そして著者は、「蜀書」を分担し翻訳が始まった。
その後、高橋との思い出を絡めその翻訳の過程が語られている。著者はつねにひょうひょうとした筆遣いで記しているが、当時、実際には学生運動の渦中にあった。そして、最後に話の全体が収斂し、余韻と共に終わっている。
著者は、中国文学の翻訳やその解説書などで有名であるが、こういったエッセイを書かせてもその腕前は超一流なようで、なかなかのものであると思いました。
関連図書:
陳寿(著)『正史 三国志』(一)~(八)、筑摩書房(筑摩学芸文庫)、1992-1993年
千野 栄一(著)『プラハの古本屋』、中央公論新社(中公文庫)、2025年
初出掲載誌:(「月刊ASAHI」九三年四月、朝日新聞社)

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