食通の都の歴史 —- Dijon(ディジョン)
池上 英洋 『フランス 26の街の物語』より

Reading Journal 2nd

『フランス 26の街の物語』 池上 英洋 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

Chapter 3 歴史の断片 / 食通の都の歴史 —- Dijon(ディジョン)

食通の都・ディジョン

ブルゴーニュ・ワインにエスカルゴ、トリュフにブッフ・ブールギニョン(牛肉の赤ワイン煮)、そしてなんといってもムータルド(マスタード)。フランス中東部にあるブルゴーニュ地域圏の中心都市ディジョンは、国を代表する食通の街として知られている。(抜粋)

このエスカルゴは、古くから高級食材として知られ、一世紀の大プリニウスが『植物誌』に記述がある。また、教皇ピウス五世の大好物だったため魚と認定された。協会では、ことあるごとに魚料理を食する機会が多いからである。そして、かつてギリシアからイタリアまでの広範囲で食されたが、近代になったころからブルゴーニュの特産になっている。

ブルゴーニュ・ワインの代表的な生産地のシャブリやボジョレイなどは日本でもよく知られている。これらの高級ワインは厳格に格付けされた生産地表記を持っている。

一方、世界的に有名なディジョン・マスタードは、現在ではディジョン以外で生産されたものがほとんどである。これは、ブランド名にワインのような厳格な生産地表記をしなかったためである。二〇世紀にワイン方式を導入しようとしたが、すでにディジョン・マスタードを冠する多くの他地域生産品が出回ってしまった。これを改めるために二〇〇八年からブルゴーニュ産であることを保証する「ムータルド・ド・ディジョン」が制定される。

マスタードの原料は、カラシナ(芥子菜)からとれる種で、ギリシア時代から生産され始めている。また、日本にも平安時代には中国よりもたらされている。このムータルドは、一四世紀には、フランス宮廷で欠かせないものだった。当時、香辛料は非常に数が限られていたからである。

このムータルドはマスタードシードとヴィネガー(ヴィネーグル)だけで作られたが、このヴィネガーとして酸味の強いヴェルジュを使ったものが主流だった。しかし、一八世紀、ディジョンのムータルド業者のジャン・ナイジョンが、ヴェルジュよりも酸味の少ない酢が一般化されたことに目をつけ、その酸味の少ない酢を使った製品を作ったところ、ムータルドの酸味が抑えられ、香りと辛みがまして大評判となった。そして、ディジョンのムータルドがヨーロッパを席巻し膨大な富をもたらす。


ここに出てきた 大プリニウスの『植物誌』は、イタロ・カルヴィーノの『なぜ古典を読むのか』に出てきましたよ。詳細を知りたい人は、「天、人間、ゾウ」(”前半“、”後半“)見てね。(つくジー)

ブルゴーニュ公国歴史

ディジョンの街の栄光は、なによりこの街がブルゴーニュ公国の宮廷が置かれていたことによる。ブルゴーニュの名は、この地に入ってきたゲルマン系ブルグント族に由来する。これがもとになり、フランス風の名のブルゴーニュ公国となる。最盛期の一五世紀後半には、フランス北東部、ベルギーとルクセンブルグ、現在のオランダの南半分まで広がる一大版図を築いた。

ブルゴーニュは公爵位であったが、これだけの国威があったためヨーロッパ政治の上で重要なポジションを占めるようになる。そして、しだいにブルゴーニュ派とアルマニャックはという敵対する勢力ができるようになる。


このあと、この2派を中心とした政治的な争いが延々と書かれているのだが・・・・・・とても複雑で追えません・・・・、割愛ということです。(つくジー)


関連図書:プリニウス(著)『プリニウスの博物誌〈縮刷第二版〉』(1)~(6)、雄山閣、2021年

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