「自分の都合」と向き合う(前半)
釈 徹宗 100分de 名著 『教行信証』より

Reading Journal 2nd

100分de 名著 『教行信証』釈 徹宗 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

今日から第2回「「自分の都合」と向き合う」である。第1回では、”前半“で『教行信証』を読み解く上での前提となる浄土仏教の教えや法然、親鸞について、”後半“で『教行信証』の「総序」「教巻」について解説された。それに続き第2回では、「行巻」を読み進める。第2回は”前半“と”後半“に2回に分けて、まとめるとする。それでは読み始めよう。

『教行信証』「行巻」

第②回で取り上げる「行巻」には、(浄土の教えの)真実の行が示されている。この行について著者は、一般的な仏教でいう行、つまり悟りを目指した修行ではなく、「阿弥陀仏が完成させた行(大行だいぎょう)が私たちにさしむけられる」ということである。

これは、親鸞の師である法然が従来の修行の概念を覆し「自力による修行は必要ない。ただ称名念仏を実践して、阿弥陀仏の本願におまかせすれば誰もが浄土に往生できる」と説いたことと符合している。

念仏の歴史:「観想念仏」と「称名念仏」

仏教での「念の修行」は、初期仏教から在家の修行として存在し「念仏、念法ねんぽう、念僧ねんそう」の「三念」、さらに「念施ねんせ、念戒ねんかい、念天ねんてん」を加えた「六念」と呼ばれる修行法があった。そして、六念に念休息ねんぐそく、念安般ねんあんぱん、念身ねんしん、念死ねんしの「十念」という教えもある。

仏教では「念」に気づく、目覚める、強く心に念じてそれを保持するという意味合いがある。そして「念仏」は、「仏」を、「念法」は「仏の説く教え」を、「念僧」は「僧の功徳」を念じて感謝する行為を指した。この中で、突出して発展したのが念仏である。

そして、日本では、平安時代後期まで、念仏と言えば、仏の姿や浄土の様子を心に思い浮かべ浄土の往生を願う「観想かんそう念仏」が主流であった。

一方、仏の名号みょうごうを口に出して称える「称名念仏」は、七世紀中国の善導などにより勧められた。そして、日本では源信が『往生要集』で著し、日本で念仏が広く実践される。源信は、「観想念仏」を重視したが、善導の著作と共に法然や親鸞に大きな影響を与えた。そして法然は、それまで主役だった「観想念仏」と脇役の「称名念仏」の立場を逆転させ、称名念仏のみをなすべき行とする「専修念仏」を説いた。

行巻は第十七願に依る

「行巻」で親鸞は、「真実の行は、阿弥陀仏の名前を称えること(称名念仏)で、この行にはすべての善や功徳がそなわっている」と主張した。ここで親鸞は「大行だいぎょう」(他力の力:仏の行)」、「大信だいしん」(他力の信:仏の信心)」と書き、自ら行うことではなく、仏の働きであると捉えている。

親鸞は、行の主体を「私」から「仏」に置き換えて「念仏が、阿弥陀仏の願いが私に届いてはたらき、私の上に表出したもの」と捉えなおしたのである。

親鸞がそう考えた根拠として、法蔵菩薩(阿弥陀菩薩)が誓った十八の誓願の中の第十七願を挙げている。『無量寿経』の第十七願では、阿弥陀仏は「わたしが仏になったとき、すべての世界の数限りない仏がたが、ことごとくわたしの名号をほめたたえないようなら、わたしは決してさとりを開くまい」と誓願している。これは、称名念仏の実践を説いた誓願である。

さらに親鸞は、「信心と、念仏を称えることと、仏の声を聞くことはすべて一つである」と独自の思想を展開している。もともと、「南無阿弥陀仏」は、「南無」(帰依・帰命[きみょう])、「阿弥陀仏」(限りない光と生命の仏)から「限りない光と生命の仏に帰依します。おまかせします。」という意である。親鸞はそれを「我にまかせよ」という仏の声と転換している。

すなわち自分の称名念仏はそのまま仏の喚び声を聞くこと(聞名もんみょう)だと言うのです。これが親鸞における他力の念仏です。(抜粋)

ここで言う「聞く」とは、阿弥陀仏の本願(他力)を疑いなく受け入れること、信じること(信心)を意味している。つまり、「信心と称名と聞名は一つである」ということである。

善導と親鸞の「六字釈」

いる。そして著者は、「親鸞の六字釈ろくじしゃく」を特に注目したいと言っている。ここで六字は「南無阿弥陀仏」である。

ここで「南無」は、帰依・帰命の意であり、「南無阿弥陀仏」の六文字を普通に読めば「(私は)浄土への往生を願って阿弥陀仏(限りない光と生命のはたらき)に帰依します」ということになる。しかし親鸞は念仏に独自の解釈を試みている。

親鸞は主語を「私」から「仏」に置き換えて、喚び声(本願召喚の勅命)であるとした。

この部分は善導による『観無量寿経疏』(観無量寿経の注釈書)の中で説いている六字釈をもとにしている。善導の六字釈では、「南無」と「阿弥陀仏」を分けて解釈され

  •  南無:「帰命」であり「発願回向(浄土に生まれようとする私の願い)」である
  • 「阿弥陀仏」:「即是其行(阿弥陀仏が完成させた行)」である

これにより「南無阿弥陀仏」には願と行の両方がこもっているとする。

この善導の六字釈を親鸞は、

  • 南無:仏が私を喚び続けておられる(本願召喚の勅命)のことであり、阿弥陀仏が発願して私を回向してくださった(如来すでに発願して衆生の行を回施したまふの心)ということ
  • 阿弥陀仏:仏の本願による救いのはたらきそのものである(選択本願)

と「改読かいどく」している。

親鸞は随所でこのような「実存的改読」を行っている。それは、自らの実存(他の誰も取ってかわることの出来ない、今、ここに在る現実の自分の問題)を通して、読みかえているのである。

親鸞にはそうとしか読めなかった、ということなのでしょう。(抜粋)

親鸞は常に自分自身の影の面と向き合い続け、こんこんと湧き続ける自分の都合をごまかそうとしなかった。自分自身の凡夫性を認識し、悪人や凡夫が歩む仏道を他力の教えに委ねたのである。このような改読はそのような親鸞ならではの視点で、経典や論釈書を解釈した結果である。


関連図書:親鸞(著)『教行信証』、岩波書店(岩波文庫〉、1957年

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