信と不信の共存 – 聖書はファンタジーなのか(その3)
岡本 亮輔 『キリスト教入門の系譜』より

Reading Journal 2nd

『キリスト教入門の系譜』 岡本 亮輔 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

第3章 聖書はファンタジーなのか ―― 学問と信仰のシーソーゲーム(その3)

今日のところは「第3章 聖書はファンタジーなのか」の“その3”である。ここでは、作家の椎名麟三が取り上げられる。彼は、不遇の生い立ちから共産主義に走り、しかし獄中の思考実験から共産主義を棄てた。その後、作家に転身しニーチェドストエフスキーの影響によりキリスト教に目覚める。椎名麟三の『私の聖書物語』では、信じられないことと信じることが共存する自己の心中を打ち明けられている。それでは読み始めよう。

信と不信の共存 — 椎名麟三 『私の聖書物語』

作家・椎名麟三の誕生

作家の椎名麟三(本名大坪 昇)は、私生児として生まれ、後に両親は入籍したが、父は愛人と暮らすために家族を捨てた。そのため生活は困窮するが、やがて母も男を作り、大坪に金を無心するようになる。それに耐えかねた大坪は、一九二六年、一五歳で中学を中退して大阪に家出する。

大阪では見習いコックとして働き、不良グループに身を沈めた。しかし、それを誇りに思うと同時に彼らと一緒にいたくないとも感じ、独学をする。そして、彼は専門学校入学者検定(現・高校卒業程度認定試験に相当)に合格する。

見習いコックをしているとき、母が自殺未遂を起こす。それを機に、大坪は、姫路と神戸をつなぐ宇治川電鉄(現・山陽電鉄)に就職した。そして、そこで長時間労働で搾取だれる労働者の実態を見る。彼は、労働組合を作り共産党と接近する。そして宇治電鉄細胞のリーダーとして地下活動にのめり込んだ。

しかし、一斉検挙で逮捕され懲役四年の判決を受ける。大坪は控訴中の独房の中で思考実験をする。この時一緒に検挙された仲間の一人が、結核の悪化により重体であった。このまま取り調べが続けば命が危ない。

もし自分が死刑になれば病身の同志が釈放されるとする。自分は愛する同志のために死ねるか ---- 答えは否だった。(抜粋)

そして、自分は本当に同志を愛していない事実に打ちのめされ共産主義を棄てる。転向上申書を提出すると、刑務所の裏門から放り出された。

そして、前科を隠し、学歴を偽り、東京の鉄工所の社員となる。そして、その頃から文学活動に打ち込み始める。会社に知られないように、共産党時代の偽名を組み合わせ名前を椎名麟三とした

『私の聖書物語』と椎名麟三の回心

椎名麟三『私の聖書物語』は、椎名の自伝的な回心記である。

椎名麟三を文学に開眼させ、キリスト教に導いたのが哲学者ニーチェだった。獄中で読んだ『この人を見よ』では、ニーチェは大衆の愛を否定し、キリスト教を罵倒した。それがかえってキリスト教への興味となった。は、マッカーサーの指示で大量配布された聖書(ココ参照)を手に入れ、それを読んだ。彼は、聖書に書いてある、イエスの教えは人間性に反していると感じた。

ししかし、ニーチェが絶賛するドストエフスキー『悪霊』の一節に衝撃を受ける。「すべてが許されているとほんとうに知っている人間は、そういうこと〔悪や破壊行為〕をしないだろう」 --- 許されているから「そうする」のではなく、あえて、「そうしない」。そこにキリストが立っているのだと椎名は感じ、敵や苦悩を愛するという一見すると非人間的なイエスの教えに心を開いていく。(抜粋)

椎名は、クリスチャンになった後も、マルクスやレーニンの「宗教はブルジョアによる愚民政策である」という主張を、宗教発生論としては、正しいと考えていた。

そのため、椎名の聖書理解は信と不信の間を揺れ動いた。(抜粋)

聖書には、科学的に納得できないことや何も説明されていない箇所などがあり、そのような箇所に疑問を抱いた。やがて「理由を示さないことが聖書の本質」であることに気がつく。科学的には、人間の発生を説明できても、なぜ生まれたいと思わないのに「生まれ」、死にたくないと思っても死んでしまうのか、それは科学では説明できない。椎名は聖書に書かれている奇跡も疑念と信仰の間を行き来しながら受けいれた。

そして、究極の奇跡であるイエスの復活が、人間の自由を一生の課題とした椎名の回心の決定打となった。(抜粋)

椎名麟三と赤石栄

この椎名麟三は、前節の赤岩栄から洗礼を受ける。

イエスは間違いなく十字架の上で死んだ。しかし、復活したイエスは間違いなく生きている。つまり、イエスは確実に死んでいると同時に生きている。イエスのうちに死と生が同居していることに、椎名は、人間の真の自由を見出した。(抜粋)

キリスト教の洗礼を受けることにより椎名の中に復活したイエスが住み着いた。

しかし、その洗礼をした赤岩栄は、しだいに政治や社会運動の重要性を説くようになり、説教でも共産党を褒めるようになる。そのような赤岩を椎名は許せなかった。椎名は「上原集団脱出記」という文章で『キリスト教脱出記』を酷評している。

赤岩は、史的研究を根拠に聖書はフィクションだと断じたが、それならばキリスト教を無視し、聖書を燃やせばよい、と苛立った。イエスがただの人間であるならば、別にイエスでなければならないのかと、批判した。

椎名麟三の信仰

椎名麟三は、その人生の苦難のなか「自由とはなにか」を問い続けた。そしてドストエフスキーの言葉から「悪への自由」から「悪をなさない自由」へと思考が反転しキリスト教へと導かれた

椎名の信仰は、理知的な懐疑と不可分である。処女懐胎や水上歩行は科学的に説明できないが、だからこそ、理由を示さない聖書の語りに、現実を生きる人間の感覚と響き合うものを感じ取った。一個人にとっては、生も死も説明なく課される。だが、その不可解な現実を引き受けて生きるしかない。その不可解にこそ、聖書の本質があると椎名は考えた。復活したイエスの滑稽な身振りや優しい手振りが、彼の胸中で、その信念を支えたのである。(抜粋)

関連図書:
椎名麟三(著)『私の聖書物語』、中央公論新社〈中公文庫BIBLIO、2003年
ニーチェ(著)『この人を見よ』、岩波書店〈岩波文庫〉、2010年
ドストエフスキー(著)『悪霊』上・下、新潮社〈新潮文庫〉、1971年.

コメント

タイトルとURLをコピーしました