[読書日誌]『キリスト教入門の系譜』
岡本 亮輔 著

Reading Journal 2nd

『キリスト教入門の系譜』 岡本 亮輔 著、中央公論新社(中公新書)、2026年
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

はじめに

わりと新しい本で『キリスト教入門の系譜』というのが目に留まった。キリスト教関連の本はあまり読んでなかったのだが、『コヘレトの言葉を読もう』あたりから少しずつ読み始めてきて、多少興味もあるような感じですね。っで、この本の中をペラペラめくってみてみると、内村鑑三が最初にいるのは当然として、ちょっと気になっている作家の遠藤周作や同時代で遠藤と交流のあった井上洋治なんてのも入っている。っということで、買ってみました。それでは、読み始めよう。

本書のテーマとアプローチ

キリスト教は、信者が世界人口の約三割となる史上最大の宗教である。しかし一方、日本に目を向けるとキリスト教は、人口の約0.16%にしかならない。そして今や日本のキリスト教は「停滞」から「衰退」に入っている

しかし、私たちの身近にはキリスト教の文化が広くいきわたっている

この「信者の少なさ」と「文化の広がり」の奇妙な落差は、これまでも多くの論者を惹きつけてきたテーマである。(抜粋)

本書は、この「信者の少なさ」と「文化の広がり」というテーマを、従来と違うアプローチで挑む。それは、「今日まで一五〇年以上にわたり書きつがれてきたキリスト教入門書」である。

日本でのキリスト教は、そのコアである信者層は縮小しているが、その外にある「非信者層」つまり、キリスト教の感心層や共感層は大きな広がりを見せている。このいわゆる「キリスト教シンパ層」に目を向ける必要がある。

キリスト教史の碩学せきがく鈴木範久『日本キリスト教史物語』で、日本のキリスト教は「ミニ宗教」であるが、社会・文化の歴史では大きな影響力を持っているとし、現代の「かくれ信徒」に目を向けるべきであると指摘している。

本書は、この視点を共有し、この「キリスト教シンパ層」をキリスト教入門から光をあてる。明治以降に現れた多くのキリスト教関連の入門書を、本書では教会外のシンパ層とキリスト教を結ぶメディアと捉えなおす。

著者はこの「キリスト教入門書」の重要性について、読売新聞の記事「聖書とマルクスは なぜ読まれるのか」(一九六三年一月一三日)を引用して説明している。

この記事では、「聖書は敗戦から二千万冊を越えるロングセラーとなった。しかし、読者は増えても信者は増えなかった」ことについて、「キリスト教が「理論的に急」であったため、十分に消化できなかった」とその理由を指摘している。著者はこの指摘は非常に重要であると言っている。

キリスト教、とくにプロテスタントでは、聖書を読み理解することを核心として、理論化された教えを知的に理解する。この点に日本人にとってのキリスト教の異質性があり、そのため多くの入門書が必要となった。

そのためキリスト教の入門書は、様々な書き手がこの理論の道しるべを提供しようと知恵を絞り言葉を紡いでいる。同時にこのキリスト教入門書は時代を写す鏡でもあった。それは、書き手がキリスト教を受け入れな日本人をどのように捉え、キリスト教の何をどのように伝えようとしたかということの軌跡でもある。

こうした問題意識をもとに、本書は、教会の内外を問わず、多様な立場・方法・感性によって入門書を著した人々とその作品を追う。キリスト教入門の系譜とは、教会組織の停滞を出発点としつつ、むしろ教会の外に広がる多様で豊かなキリスト教との関りを掘り起こす試みなのである。(抜粋)

なるほどなるほど、この本の書名「キリスト教入門の系譜」ってちょっと変わっているな?と思っていましたが、そういうきちんとした問題意識があって書かれている本なんですね! 買った時には、キリスト教の入門書を時代別に並べて単に解説した本だと思ってました。まぁ、そんな本でもよかったのですが、一段階レベルアップな感じです。(つくジー)

本書の構成

本書の構成は概ね時系列だが、網羅的ではなく各時代を照らした書き手や著作にフォーカスしキリスト教入門の世界を考察する。

序章

内村鑑三を取り上げる。内村は欧米のキリスト教徒一線を画し、独自のスタイルを切り開いた。その生涯と思想は、同時代だけでなく、後世の人々にも大きな影響を与えた。

第1章

大正から昭和初期にかけて花開いた「宗教文学」を取り上げる。この宗教文学は、社会不安の増大する時代に煩悶する若者たちの心を揺さぶった。本章では、江原小弥太えはらこやた賀川豊彦かがわとよひこを取り上げる。

第2章

敗戦から占領期にかけての歴史的転換期を取り上げる。このころGHQの庇護下、日本人とキリスト教の距離が急速に縮まった。敗戦後の精神的空白の中、普遍的な倫理道徳として日本人に与えられたキリスト教の姿を探る。

第3章

科学と合理主義が台頭する中、「信仰と学問は両立するか」という問いに挑んだ知識人の姿を追う。ここでは、南原茂なんばらしげる矢内原やないはら忠雄赤岩栄あかいわさかえ椎名林蔵しいなりんぞう、さらに山本七平小室直樹を取り上げる。

第4章

戦前のカトリック教会を代表する岩下壮一、戸塚 文卿を取り上げる。

第5章

西洋的な裁く神と日本的な感性のはざまで生き続けた人、志村辰弥たつや遠藤周作井上洋治を取り上げる。

第6章

病気や苦難といった現実に直面しながらも神に問い続けた三人の女性、三浦綾子曽野綾子渡辺和子に光を当てる。

終章

ここでは、入門書を四つのタイプ(信仰・伝道系 / 人生論系 / 知識・教養系 / エンタメ系)に分類し、書籍だけでなく映像・ウェブなどを横断する発信の広がりとその特質を顕彰する。さらに二〇〇〇年代以降の著作の潮流をたどり、日本におけるキリスト教の現在とゆくえを追う。


関連図書:鈴木 範久(著)『日本キリスト教史物語』、教文館、2001年


目次

はじめに
序 章 内村鑑三の戦いと予言――読むキリスト教の始まり
1 十字架の戦士――内村鑑三の無教会主義
2 ファン以上信者未満の読者たち
3 キリスト教を阻む不思議な力
第1章 この宗教文学がすごい!――煩悶青年たちの爆発的ベストセラー
1 反逆のベストセラー作家ができるまで――江原小弥太の彷徨
2 キリスト教を突き抜けた男
3 幽霊屋敷の聖者――賀川豊彦『死線を越えて』
4 メディアスターの悲劇
第2章 生まれ変わる聖書と日本人――占領期のキリスト教ブーム
1 推しの神の子――黒崎幸吉『聖書の読み方』
2 クリスチャン総理の挫折――片山哲の青い鳥
3 言論ギャングの逆襲と困惑――野依秀市vs.亀谷凌雲
4 皇室御用達のキリスト教――ヴァイニング夫人と光の子
第3章 聖書はファンタジーなのか――学知と信仰のシーソーゲーム
1 東大総長たちの戦中戦後――南原繁と矢内原忠雄
2 赤い牧師の逆回心――赤岩栄『キリスト教脱出記』
3 信と不信の共存――椎名麟三『私の聖書物語』
4 売れっ子作家たちの契約論――山本七平と小室直樹
第4章 暁の星の司祭二人――カトリック知識人の登場
1 正邪の番人――聖人への道
2 真なる教会の守護者――岩下壮一
3 聖女を見た外科医――戸塚文卿
第5章 日本人は神を愛せるか――裁きの神と赦しの神の相剋
1 あの方に捧げた日本国――志村辰弥と秋田の貴婦人
2 語られなかった弱虫たちへ――遠藤周作と母なる神
3 メイド・イン・ジャパンの救世主――井上洋治の南無アッバ
第6章 善き神はなぜ残酷な世界を創ったのか――苦難への彼女たちの応答
1 女と男と男の聖愛――三浦綾子の絶望と再生
2 奇跡は本当に起きたのか――曽野綾子の諦めと回生
3 受け入れるしかないこの世界――渡辺和子の孤独と覚醒
終 章 キリスト教入門のゆくえ
1 入門書の四類型
2 ハイブリッド化の進展
3 紙上の教会は永遠に
おわりに

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