[再掲載]『遠藤周作と歩く「長崎巡礼」』
遠藤周作 芸術新潮編集部 編

Reading Journal 1st

さてさて、NHK「美の壺」「長崎の教会」と再掲載しましたが、その後はこの本『遠藤周作と歩く「長崎巡礼」』だったようです。っと言うことで再掲載決定!


遠藤周作と歩く「長崎巡礼」
遠藤周作 芸術新潮編集部 編 新潮社(とんぼの本) 1400円+税 2006年 910.2エ[Reading [Journal 1st:再掲載]
(初出:2008-11-09)

私の心の故郷、長崎切支丹三部作、一枚の踏絵から始まる旅もある

NHK「美の壺」「長崎の教会」を読んだ。長崎つながりで、今度はこの本を借りてきた。
この本は、長崎を舞台にしたかくれ切支丹の小説を書いた、遠藤周作とともに長崎巡礼をするというもの。ベースになるのは遠藤の長崎切支丹三部作『沈黙』『女の一生 一部・キクの場合』『女の一生 二部・サチ子の場合』それから、『日本紀行』に収めれている「切支丹の里」である。
遠藤が、『沈黙』を書き始めたきっかけは、偶然長崎の十六番館で見た踏み絵にあるという。

踏絵を踏んで転び、転んでなおひそかにイエスを信じ、キリスト教禁制下の江戸時代、永い歳月に渡って独自の信仰をはぐくんでいった、かくれ切支丹たち。彼らはなぜ子育観音や白衣観音をマリアに見たてて祈ったのか?
踏んで転んだ弱者としての負い目、哀しさ、うしろめたさのゆえこそ、彼らは<自分たちをゆるし>てくれる<やさしい母親>としてのマリアに必死ですがったのではないだろうか?(抜粋)

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