「靖国問題」 高橋哲哉 著
[Reading Journal 1st:再掲載]
(初出:2005-06-15)
第二章 歴史認識の問題ー戦争責任論の向こうへ
ここでは、国際問題になっているA級戦犯合祀と旧植民地出身者の合祀の問題を歴史認識の問題として取り上げている。
「はじめに」に載っている著者自身の要約を引用すると。
第二章の「歴史認識の問題」では、「A級戦犯」分祀論はたとえそれが実現したちしても、中国や韓国との間の一種の政治決着にしかならないこと。靖国神社に対する歴史認識は戦争責任論を超えて植民地主義の問題として捉えられるべきであること、などを論じる。(抜粋)
はじめにA級戦犯の合祀問題について経緯が書かれている。(A級戦犯とは、極東国際軍事裁判(東京裁判)において「平和に対する罪」で起訴された28名)
まず、B・C級戦犯の刑死者に対し靖国神社は1970年までに「昭和殉教者」として合祀をした、そして、その後合祀を見送ってきたA級戦犯者に対しても 1978年になってようやく合祀が行われた。これが朝日新聞の報道で公になった。しかし、国内では批判がでたもののこの時点では外国からの批判はなかっ た。しかし、1985年の中曽根首相の「公式参拝」を受け、韓国、シンガポール、香港、イギリス、ソ連、米国から批判がでた。
著者は言う
靖国神社への「A級戦犯」合祀がなぜ問題になるのか。
それは、まず彼らを「英霊」=「護国の神」として顕彰することが、彼らが指揮した戦争を侵略戦争ではなく正しい戦争として正当化することにつながる、と考えられるからである。(抜粋)
これが、一宗教団体が行っているならば信教の自由の範囲内であるが、そこに、首相や天皇が参詣し国家との結びつきが切れていなければ、それは別の話であるという。
ここで、なぜ中国がA級戦犯合祀にこだわるのかについて、著者は
中国政府は、この問題を「A級戦犯」合祀に絞込むことによって問題を限定し、一種の「政治的決着」をはかろうとしているのである。(抜粋)
と言う意見である。この批判をかわすために、A級戦犯を分祀すると言う試みは、失敗に終っているが
万が一、A級戦犯分祀が実現したとしても、それが可能にするのは政府間の「政治決 着」にとどまる。・・・中略・・・・靖国問題をA級戦犯分祀論として語ることは、一見すると戦争責任問題を重視しているように見えるけれども、実際には まったく逆で、戦争責任問題を矮小化し、そしてそれだけでなく、より本質的な歴史認識の問題を見えなくしまう効果をもつ。(抜粋)
では、著者が言う歴史認識とはなんであろうか?
それは、A級戦犯者を分祀し戦争責任を彼らに負わせただけでは、靖国神社についての歴史認識は足りないということである。著者は靖国神社に合祀されている日中戦争以前の犠合祀者に目を向けている。
・・・植民地支配のための日本の戦争を栄光の戦争として顕彰し、靖国神社の「英霊」たちを、植民地帝国確立のための「尊い犠牲」として顕彰している・・・(抜粋)
また、合祀者の中には、旧植民地出身者も多くいる。旧植民地の遺族からの合祀の取りやめを靖国神社は拒否をしている。
・・・・日本の兵隊として、死んだら靖国にまつってもらうんだという気持ちで戦って死んだのだから・・・・(抜粋)
という理由である。
著者は靖国神社の歴史認識を、戦争責任論の範囲にとどまらず、植民地支配との関係に踏み込んで考えるべきであると言っている。

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