いまだ謎の巨石群 —- Carnac(カルナック)
池上 英洋 『フランス 26の街の物語』より

Reading Journal 2nd

『フランス 26の街の物語』 池上 英洋 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

Chapter 3 歴史の断片 / いまだ謎の巨石群 —- Carnac(カルナック)

カルナックの巨石群

ブルターニュ地方で西に突き出た半島の付け根あたりの海岸線に、巨大な岩がゴロゴロと転がっている不思議な景観がある。カルナック列石群である。

カルナック列石群は、この地に住んでいたケルト系ガリア人が作ったものである。彼らは、新石器時代の紀元前五〇〇〇年からこのような文明を持ち、その歴史は旧石器時代の四五万年前までさかのぼる

これらの石の名前はいろいろとあり

  • 「メガリス」(ギリシア語で「大きな石」):巨石
  • 「メンヒル」(ブルトン語「長い石」):細長いもの
  • 「モノリス」:単独の巨石
  • 「ドルメン」(ブルトン語「石の卓」):水平方向にメンヒルが組み合わさった遺跡

である。また、「カルナック」の名は、ケルト語「カルン」(杭、塚)がブルトン語の「カーン」(石の山)になり、そこから転じた「カルナグ」が由来である。

カルナックには、小さいサイズのものを除いても約一八〇〇体のメガリスが存在する。これを幾つかのグループに分けると、

  • ル・メネック列石:一二〇〇体
  • ケマリオ列石:約一〇〇〇体
  • ケルレスカン列石:約六〇〇体

である。これらの他にも小さいグループもあり、そのなかには、6メートルのモノリス「マニオの巨人」などもある。

巨石群の伝説

これらの巨石群に対し、これらは海からひとりでに浮き上がり、空を飛んでやって来たのだという伝説が生まれた。

カルナックにまつわる神話として、聖コルネリウスに関するものがある。三世紀の実在の人物である聖コルネリウスの時代のローマは、まだキリスト教が公認されていなかった。彼はローマ軍人トリポニアウスによる迫害を受けローマから追放されこの近郊で殉教している。伝説では、彼が逃亡中にブルターニュの海岸で追ってきた兵士たちを石にかえてしまった。そのため、石が軍隊の行進のように列をなしているのである。

他にもこれらの石がすべてガリア人の墓であるという言い伝えもあり、さらにモノリスに対しては、特に背が高かった若者が石にかえられたという言い伝えも残っている。

これらの、列石群が作られた理由は研究者たちの間でも特定されていない。墓という見方もあるが、メガリス下以外では人骨があった痕跡がない。豊穣の祈りや収穫の神への感謝という考え方もあるが、数の多さを説明しづらい。そのほか、ガリア人のドルイド僧の神殿、種まきや収穫の時期を知るための太陽位置を測る装置という考え方もある。

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