『ファンタジーに秘められた宗教』 中村 圭志 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第①回 『星の王子さま』 肝心なことは目に見えない(前半)
録画してあった「NHKこころの時代」の放送を見ました。放送では、評論家でクリスチャンの若松英輔が司会を務めて、著者の中村圭志と、ゲストとして文芸評論家で『働いているとなぜ本を読めなくなるか』で2025年度新書大賞を受賞した三宅香帆の対談形式ですすめられていた。テキストに沿って展開しているとはいえ、三人が互いに違う視線で見ているので、独自の視点もあり、テキストの内容を講義するのとはちょっと違った構成となっていました。
このような構成は、同じ若松英輔が司会をした小友聡の『それでも生きる 旧約聖書「コヘレトの言葉」』の回と同じである(この時は2人だったが)。この回は、よほど放送に反響があったらしく、この放送の対談が「NHKこころの時代」の別冊(『すべてには時がある 旧約聖書「コヘレトの言葉」をめぐる対話』)となって出版されている。
第①回は、”前半“と”後半“の2回に分けてまとめるとする。それでは読み始めよう。
『星の王子さま』の宗教性
第1回では『星の王子さま(Le Petit Prince)』 (一九四三)を取り上げる。この有名なファンタジー作品の宗教性について、著者は二つのことをあげている。
① この『星の王子さま』の中でクリスマスへの言及があり、もともとはクリスマス・プレゼント用の本として企画された可能性があること。(実際の出版は、春まで遅れた)
文化の違う日本では、キリスト教的な要素というのは、認識されにくいはずです。そういう意味で、「宗教」の要素について解説が必要であると思うのです。(抜粋)
② この本は、癒し系として人気を博しているが、人生について深く考えさせるような内容を持っていること。
今風の言い方では「スピリチュアリティ」を代表するファンタジーと言えるでしょう。(抜粋)
もっとも、この「スピリチュアリティ」は、オカルトのようなものでなく、ゆるやかな宗教性を指し「個々人の宗教的な探求心や求道心」という意味である。
『星の王子さま』のあらすじ
飛行士である語り手が、サハラ砂漠で不時着し、そこで小惑星から来た子供 -- 星の王子さま -- と出遇う。八日間ほど心の交流を重ねたのち、王子さまは、故郷の星に残してきた愛する薔薇のため、宇宙へと帰還する。エンジンの修理に成功した飛行士もまた、人里へ帰る。(抜粋)
著者は、このように簡潔に『星の王子さま』のあらすじを紹介した後、『星の王子さま』の構成について説明している。
物語の前半三分の一は、飛行士の少年時代の回想と砂漠でも王子さまとの出遇いが書かれている。その中には「ゾウを吞んだ大蛇」のエピソードやバオバオの木のエピソードなどが含まれる。
中盤の三分の一は、王子さまが故郷の星から地球までに訪れた星々の話である。星々には「偉そうにしている王様」「称賛されることが大好きなうぬぼれ屋」「酒飲みであることにうんざりしている酒飲み男」「空の星を数えては「所有」することに余念がないビジネスマン」、「星の回転速度が年々早くなるため作業にてんてこまいしている点灯夫」、「現実世界のことは何も知らない地理学者」といった奇妙な人たちと出会う。
このように、『星の王子さま』では冒頭から中盤まで、かなり多くの部分が、大人たちの暮らしぶりに対する批判に費やされています。・・・・・(中略)・・・・・この本を世界的ベストセラーにした最大の要因だと言っても過言ではないでしょう。(抜粋)
そして後半の三分の一が、地球に降り立ってから王子さまが星に帰るまでである。
- 肝心なことは目に見えない
- 時間をかけて作った絆は大切なものとなる
- 絆のできた相手に対して責任を果たさなければならない
著者はこれを『星の王子さま』の全体のメッセージと捉えている。
飛行士が不時着してから八日がたちそろそろ水が尽きて飛行士は詩の恐怖にさいなまれ始める。王子さまは、星に残してきた薔薇のことが心配で、地球から天上へ帰ることを考えている。そのような時二人は砂漠をさまよい、井戸を発見する。そこで二人は対話するがクリスマスの話題もあり宗教的なムードである。
そして翌晩に王子さまは毒蛇に自らを咬ませて、星に帰り、飛行士は修理に成功して無事に帰還する。
王子さまは何者なのか
ここで著者は、この物語の本筋と関わることとして、
王子さまは実は飛行士自身なのではないか、(抜粋)
と指摘している。つまり、砂漠で死に直面したとき、自分自身と出会った物語として捉えられる。
自分自身と真剣に向き合うとき、大人の外套の中でも子供時代と変わらない不動の中核のようなものがあることに気づきます。だから自分との対話は、子供の姿をした王子さまとの対話の形になるのです。(抜粋)
王子さまは飛行士自身であるが、それは飛行士の魂(ソウル)か霊妙なる精神(スピリット)のようなものである。そのため彼は死をも恐れない霊的存在である「子供」である。
『星の王子さま』は「大人批判」、従って「子供礼賛」の物語として知られていますが、ここでいう「子供」は、かなり特殊なニュアンスをもった「子供」であることが、どうやら見えてきました。(抜粋)
キリスト教の暗喩
キリスト教において「子供」とは、天国的な存在、霊的な真理に近い存在であり、『星の王子さま』で「子供」と「大人」が対比されている場合は「霊的なもの」と「俗なるもの」の対比と理解すべきである。
また、王子さまが欲しがった「羊」もキリスト教では、迷える者たちの比喩としてキリスト教のシンボルのような存在である。
『星の王子さま』と戦争という背景
『星の王子さま』を読むには、戦争という背景を知っておいたほうが良い。第二次世界大戦である。
サン=テグジュペリは、一九〇〇年にリヨンで生まれる。軍用機や郵便輸送機のパイロットを務め、小説家としても『夜間飛行』『人間の土地』そして遺作の『星の王子さま』を書いた。
彼は一九四〇年、フランスにナチスドイツの傀儡政権が誕生するとアメリカに亡命した。そして、彼は遺言のように明日を担う子供たちのために『星の王子さま』を書き、そのまま対ナチス戦線に赴き、本が刊行された一九四三年の翌年に南仏沖を飛行中に行方不明となった。
第二次世界大戦末期に書かれた『星の王子さま』には、時局を思わせる要素が認められると言われている。
- ゾウを呑み込む大蛇の絵には、隣国を併呑して成長した大国(ドイツや日本)の隠喩である可能性があり。
- 小惑星を覆い尽くすバオバオの樹は、地表を覆い尽くそうとしているファシズムの隠喩である可能性がある。
『星の王子様』は、当時ヨーロッパでナチスの脅威に怯えていたはずのユダヤ系批評家、レオン・ヴェルトに献じられています。(抜粋)
この献辞をストレートに受け止めれば、『星の王子さま』は、ナチズムの念頭に書かれたものであり、「子供」や「大人」の対比も文字どおりには受け取れないことが分かる。あらゆる「大人」に潜む「子供」が対象であり、現実の「大人」や「子供」と関係なく、物事の真の本質を見抜くことができる存在としての「子供」に向けて書かれていることを意味している。
関連図書:
三宅 香帆 (著)『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』集英社 (集英社新書)、2024年
小友 聡 (著) 『それでも生きる 旧約聖書「コヘレトの言葉」』 NHK出版 (NHKこころの時代)、2020年
若松 英輔、 小友 聡 (著) 『すべてには時がある 旧約聖書「コヘレトの言葉」をめぐる対話』 NHK出版 NHK出版(別冊NHKこころの時代)、2021年
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(著)『夜間飛行』岩波書店(岩波文庫)、2025年
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(著)『人間の土地』新潮社(新潮文庫)、1953年

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