売れっ子作家たちの契約論 – 聖書はファンタジーなのか(その4)
岡本 亮輔 『キリスト教入門の系譜』より

Reading Journal 2nd

『キリスト教入門の系譜』 岡本 亮輔 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

第3章 聖書はファンタジーなのか ―― 学問と信仰のシーソーゲーム(その4)

今日のところは「第3章 聖書はファンタジーなのか」の“その4”である。ここでは、山本七平小室直樹という二人の知識人の足跡をたどっている。二人は、日本にキリスト教を含む他宗教が根づかないのは、「日本教」という最も強固な宗教があるためであるとし、キリスト教を分析し日本の特質を論じている。それでは読み始めよう。

売れっ子作家たちの契約論 — 山本七平と小室直樹

山本七平と『日本人とユダヤ人』

山本七平は、一九七〇~八〇年代を代表する知識人である。彼はクリスチャンの家庭に育ち、父は内村鑑三の聖書研究会で学んだ門下生である。山本は、戦争から復員後、出版社勤務を経て、山本書店を創業、そのかたわらで、多くの論考を発表する。山本書店では、欧米の科学書などの刊行に加え『聖書の生いたち』『死海写本』などの聖書研究書も出版している。また、無教会主義系の出版物も刊行した。

山本自身は、聖書の一字一句を神の言葉と見なすような信仰とは距離を置き、学問的・文化的関心からキリスト教を読み解いた。そのようなスタンスから書かれたのが、大ヒット作のイザヤ・ペンタンというペンネームで刊行した『日本人とユダヤ人』である。

『日本人とユダヤ人』の主張は明快だ。日本には「世界で最も強固な宗教」があり、日本人自身が気づかないほど深く社会に浸透している。そのため、キリスト教を含む他宗教は根づかず、日本人は聖書を誤読してしまう。山本は、この「世界で最も強固な宗教」を日本教と名づけ、日本社会を解き明かす鍵とした。(抜粋)

日本教徒キリスト派、日本人の聖書の理解

日本教は、人間教でもある。日本人にとって人間性は、法をも超越する最高規範である。しかし、日本教の根底では、人間的なものへの共感という情緒があり、それは、言外の言、法外の法、理外の理となる。そのため、日本教の感性で聖書を読むと神と人間の間に親子関係を求めてしまい誤読する。旧約の神とイスラエルの民との関係は血縁ではなく契約で結ばれているのである。

この契約神という発想が日本教にはなじまない。(抜粋)

契約よりも情が優先してしまうため、キリスト教も、神の前に身を投げ出すという感性が重視される。そして、情緒的にキリスト教を理解してします。

山本は、これを日本教徒キリスト派と呼び、本来のキリスト教とは別物だと指摘した。(抜粋)

『空気の研究』

山本の日本教論は『空気の研究』で掘り下げられた。ここの”空気“とは、場や時代の雰囲気を表わし、今でも「空気を読む」という使われ方をしている。

山本によれば、空気は絶対的な支配力を持つ判断基準であり、それに逆らう異端者は徹底排除される。(抜粋)

この空気の背後にはアニミズムの感性があると山本は指摘した。アニミズムの世界観では、一神教の神とは違い、あらゆるものに魂や人格を認める宗教的な世界観がある。

明文化された契約ではなく、口に出せない空気の拘束力が日本教を支えていると山本は結論する。(抜粋)

小室直樹 『ソビエト帝国の崩壊』

この山本の理論を精密化したのが小室直樹である。彼は京大・阪大・東大・マサチューセッツ工科大学、ハーバードで学び、数学・法学・経済学・政治学・社会学など幅広い分野に通じていたが、長く大学に籍を置かず、自主ゼミで多くの弟子を育てた孤高の学者である。

小室は『ソビエト帝国の崩壊』で実際のソ連の崩壊の一〇年以上前に予測し大きな話題となった。彼は社会をひとつのシステムとして考えて、その構造と機能を記述する「社会システム論」によりこのソ連の崩壊を予想した。

マルクス主義が無神論を掲げているが、社会システムは、ユダヤ教徒酷使していると小室は指摘した。ユダヤ教は、来世や死後でなく現世での救済を主張しているが、それが、マルクス主義の社会改革により現在苦しんでいる労働者が救われるという、考え方と類似しているのである。そして、その方向から考えると、ソ連のマルクス主義は、ウラジーミル・レーニンが解釈し、スターリンが公認した。スターリン信仰と捉えられる。

スターリンの死後の批判の高まりは、行動様式を形成していた宗教の失墜をもたらす。その結果、社会不安が増大し、遠からずソ連は崩壊すると小室は予言したのである。(抜粋)

山本七平・小室直樹 『日本教の社会学』

さらに小室と山本は、共同で対談『日本教の社会学』を刊行した。二人は、日本教徒は、一神教を理解できないと繰り返す。日本では、クリスチャンでさえ神と人との契約、つまり上下関係のある契約を、人間同士の横の約束に読み違えてしまうからである。本来のキリスト教では、そのような情緒的な解釈は許されない。

聖書は契約書なのだから、クリスチャンは聖書を書かれた通りに信じなければならないというのだ。(抜粋)

二人は、日本教とキリスト教の違いを論じることでキリスト教の本質を浮き彫りにした。しかし、著者は、その一方で、この議論は日本人とキリスト教の根本的な相性の悪さを反復しただけで、キリスト教の異質性を必要以上に際立たせたと批判している。

その結果、「日本人なりの受容形態もキリスト教の一つではないか」「聖書を一言一句そのまま信じない欧米人は、クリスチャンではないのか」といった問いは、議論の射程外に置かれたのである。(抜粋)

学問と信仰の問題について

最後に、本章「聖書はファンタジーなのか ―― 学問と信仰のシーソーゲーム」のまとめが書かれている。

キリスト教は科学の立場からは非合理に映る。特に戦後の日本では、科学的思考、実証主義が教育の土台となり、神の存在や奇跡は批判や懐疑の対象となった。

こうした状況で南原繁矢内原忠雄は、東大総長という立場になりながら信仰を明言し、「信仰は非合理でも時代遅れでもない」「理性と信仰は対立するどころか補完し合う」と言った。一方、赤石栄は、牧師として出発しながら、学問的良心と信仰の葛藤に苦しみ、『キリスト教脱出記』を書かざるを得なかった。逆に椎名麟三は、信じることの困難から出発し、現実が不可解であるからこそ、聖書の奇跡やイエスの復活を受け入れる。さらに、山本七平小室直樹は、キリスト教を文明論の視点から読みといた

信仰と学問は、単なる対立項ではない。信仰はしばしば理性によって磨かれ、問い直され、深化する。学問も、価値の根源や意味への問いなしに成立し得ず、そこに宗教的次元がかかわってくる。(抜粋)

関連図書:
山本七平(著)『日本人とユダヤ人』、角川書店〈角川oneテーマ212〉、2004年
山本七平(著)『「空気」の研究』、文藝春秋(文春文庫)、2018年(新装版)
小室直樹(著)『ソビエト帝国の崩壊 瀕死のクマが世界であがく』、光文社(光文社未来ライブラリ)、2022年
山本七平・小室直樹(著『新装版 日本教の社会学』、ビジネス社、2022年

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