[読書日誌]100分de名著 親鸞 『教行信証』
釈 徹宗 著

Reading Journal 2nd

100分de 名著 親鸞 『教行信証』 釈 徹宗 著、NHK出版(NHK100分de名著)、2026年
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

はじめに その生涯をかけたミッションの書

現在、NHKの「こころの時代」の『ファンタジーに秘められた宗教』を読んでいるんですが、その『銀河鉄道』の章で新たな発見がありました(“その1”、“その2”、“その3”、特にその2を参照)。

今まで浄土系の宗教は「南無阿弥陀仏」を唱え、日蓮系の宗教は「南無妙法蓮華経」を唱え、あまり、かわらんなぁ的なイメージだったのですが、その死生観が大きく違っているって、ことです。つまりは、浄土系では、一心に「南無阿弥陀仏」と唱え阿弥陀如来により浄土へ導いてもらう、という一方向の死生観であるが、日蓮系というか「法華経」というか一般的な仏教では、ぐるぐる回る輪廻が基本である。そして賢治は、何度生まれ変わっても、その場で菩薩道を営むということを願ったということである。

なるほどと思っていると、NHKの100de名著シリーズで親鸞『教行信証』が始まるというので、さっそくテキストを買ってみました。親鸞は『歎異抄』で有名であるが、『歎異抄』自身は、親鸞でなく親鸞の言葉を弟子の唯円が記したものである。っで、親鸞の主著がこの『教行信証』であるらしい。放送を見つつ読んでみることにしました。

『教行信証』について

顕浄土真実教行証文類けんじょうどしんじつきょうぎょうしょうもんるい(通称:教行信証きょうぎょうしんしょう)は、念仏者・親鸞が後半生を賭けて著述した主著であり、浄土真宗の基盤となる書物である。その意味は、「浄土真実の教・行・証をあらわす文類」や「浄土真実の教・行・証文類を顕わす」という意味であり、阿弥陀仏あみだぶつとその浄土に関わる経典・論釈書を集めて立論した内容となっている。

この書は、「文類」となっているように大半が経論釈書きょうろんしゃくしょの引用となっている。その目的は、師・法然ほうねんの説いた教えの正統性について論証することである。さらに、無量寿経むりょうじゅきょう』論でもある。さらに、親鸞が「知恩報徳ちおんほうとく(仏や先人たちの恩・徳に報いる)の思いで書き続けたものである。

法然と親鸞、その時代背景

親鸞の師・法然は、平安時代末期から鎌倉時代初期の僧で、浄土仏教を広めた。ひたすら「南無阿弥陀仏」をとなえることで誰もが浄土に往生できるという専修せんじゅ念仏の教えを説いた。この法然の教えによりこれまで仏教の枠組みからこぼれ落ちた階層・立場の人々が仏道を歩めるようになった。

親鸞は、絶対他力ぜったいたりきという思想を展開する。後に法然は浄土宗の宗祖親鸞は浄土真宗の宗祖となるが、どちらも「阿弥陀仏の本願」「阿弥陀仏の浄土」「他力信心」「他力念仏」を骨子としている。

当時の日本は、権力構造が貴族から武士へ移行期であり、戦乱が頻発した。加えて大地震や感染症、飢餓が次々と起こっていた。このような時代背景により、仏教の末法思想がリアリティを持ち、誰もが実践できる浄土仏教が流行した。

しかし、浄土仏教は当時の仏教界から非難を浴び、結果的に法然も親鸞も流罪となってしまう。親鸞が『教行信証』を書いた背景には、このような批判や迫害に対する論駁があり、法然の教えが仏教教義に沿った正当なものであることを証明することにあった。

本書での読み方

このように『教行信証』は、立論の書であるため、大半が引用文であり、難解でスラスラと読み進めることは困難である。しかし、引用と引用をつなぐ「自釈」と呼ばれる部分は親鸞の言葉で書かれている。

今回はできる限り「自釈」の箇所を取り上げていきます。丁寧に解読を深めていくと、そこには親鸞のオリジナリティーや実在的な解釈や、喜び苦悩を垣間見ることができます。(抜粋)

関連図書:
親鸞(著)『教行信証』、岩波書店(岩波文庫〉、1957年
中村 圭志(著)『ファンタジーに秘められた宗教』、NHK出版(NHKこころの時代―宗教・人生)、2026年
宮沢賢治(著)『新編 銀河鉄道の夜』新潮社(新潮文庫)、1989年


目次

はじめに その生涯をかけたミッションの書 [第1回]
第1回 逆境の中で鍛えられた思想
第2回 「自分の都合」と向き合う
第3回 「実存的改読」がもたらすもの
第4回 誰一人取りこぼさない救済原理
もう一冊の名著 ロビン・ダンバー『宗教の起源 私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』

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