『フランス 26の街の物語』 池上 英洋 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
Chapter 4 世界遺産を歩く / 異端の里 —- Carcassonne & Albi(カルカソンヌとアルビ)
アルビジョワ十字軍
一二〇八年にトゥールーズとその周辺で勢力を増していた異端信仰へ対処を養成するためにやって来た教皇特使が何者かに殺害された。だれもがこれをトゥールーズ伯レモン六世の配下の者の犯行であると考えた。
この報せに業を煮やした教皇イノケンティウス三世は、異端殲滅のために騎士を募った。このように神の名の下で行われる軍事行動を十字軍と呼ぶが、エルサレム奪還のために二〇〇年に渡ってくりかえされた、十字軍と区別するために、南フランスにおけるケースをアルビジョワ十字軍と呼んでいる。
の街はフランスで最初にカタリ派信仰を受け入れた街とされていたからこの名前が付けられた。
カタリ派とグノーシス主義思想
カタリ派は、グノーシス(認識は知を意味するギリシア語)主義思想の一派である。グノーシスは、善悪二元論をベースとし善神と悪神の対立構造で世界を見る。そして、これがギリシア哲学の影響を受けることで、物質(=肉体)=悪、精神(=魂)=善という構図となる。
私たちの善なる魂は悪なる肉体に囚[とら]われていることになる。それならば、私たちが目指すべきは肉体からの魂の解放であり、そのためのグノーシスへの到達にほかならない。(抜粋)
しかし、この思想はキリスト教では、次の二つの点において異端とされる。
- 物質を含め万物の創造主は神であるため、グノーシス主義者がいうようにそれが悪であるはずはない。グノーシスではこの点を説明するためにディウルゴスという名の神を考え出しが、それではもはや一神教とは言えなくなってしまう。
- グノーシス主義ではキリストが悪たる肉体を持っているはずはなく、人々は一種のホログラムを観たすぎないと説明している(仮現説)。しかし、この考え方では、キリストの肉体が受けた痛みや苦しみはまやかしとなり、正統なキリスト教からすると全く受け入れがたくなる。
これらの理由のためカタリ派はグノーシス主義的で異端とされた。しかし、彼らは物質による汚れを防ぐため禁欲的であり、当時の教会の腐敗ぶりに対する不信や不満もあり次第に信者を獲得していった。
彼らは一定の高みに達した者(完徳者)を中心とした小さな共同体を作っていた。監督者は肉の汚れを絶つため菜食主義を貫き、性行為も遠ざけた。女性の導き手は女性監督者が務めていて、結果的には、女性聖職者の地位向上に結び付いた。旧約聖書を認めず、新約聖書に書かれた教えを忠実に守った。
アルビジョワ十字軍とカタリ派の殲滅
一二〇九年にアルビジョワ十字軍のために騎士たちが集まった。異端者から奪った土地の権利は貢献した者に帰するとされ、宗教的な理由ではなく経済的な理由による参加者も多かった。
十字軍の発動にレモン六世は恐れをなし、恭順の意を示した。甥でカルカソンヌとアルビの領主のレモン・ロジェは叔父とは異なる道へと進む。最初に悲劇に見舞われたのは丘の上の街ペジェだった。そこからひたすら殺戮が行われる。要塞都市カルカソンヌに籠城したレモン・ロジェはよく持ちこたえたが、ついに食料が尽き、ロジェと一二名の側近のみ何も持たずに門から出て良いよいという条件をのんで城門は開かれた。これ以降レモン・ロジェの消息は不明であり、囚われて獄死したと考えられている。
それ以後も十字軍は長く続く、アルビが陥落しテルモも征服されたが、トゥールーズには手を焼いていた。この形成が一気に変化したのは、フランス王自らが十字軍の主力になった一二二六年からのことである。カタリ派の土地は次々と陥落し、亡くなったレモン六世の後を継いだレモン七世が協定案のみ十字軍はいったん終結をみる。この協約(モーの協約)の内容には、異端者を引き続き探して根絶やしにすることが含まれていた。
尋問には拷問が積極的に導入され、異端信仰を告白したものは火刑となった。潜伏して信仰を続けるカタリ派信徒も多くかれらは、山の上にある小さな砦に逃げ込んで拠り所とする。そしてそのような砦の一つであるモンセギュールの砦が攻め落とされ、アルビジョッワ十字軍の動乱も幕を閉じた。
異端審問と魔女狩りへの影響
その後、この地方の異端審問を主導したのは、アルビやカルカソンヌで修道院長をつとめたベナール・ギーである。彼はエーコの『薔薇の名前』にも登場する(ココ参照)。異端者の発見には密告報酬制が採用され一人で多くの人々を処刑台に送った密告屋が複数出る事態になる。
このカタリ派への異端審問は、審問の進め方や質問の内容、諸警報など一五世紀からヨーロッパじゅうに吹き荒れが魔女狩りの前例となった。
関連図書:ウンベルト・エーコ (著)『薔薇の名前』[完全版] (上)(下)、東京創元社(海外文学セレクション)、2025年

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