[再掲載]「国立追悼施設の問題」
高橋哲哉 「靖国問題」より

Reading Journal 1st

「靖国問題」 高橋哲哉 著 (読了)
[Reading Journal 1st:再掲載]
 (初出:2005-07-07)

第五章 国立追悼施設の問題 - 問われるべきは何か
おわりに、あとがき

この章は、靖国神社をはなれ、国立追悼施設の問題について書かれている。

まず、「はじめに」に書いてある著者の要約を抜き出しておく。

第五章の「国家追悼施設の問題」では、靖国神社の代替施設として議論されている 「無宗教の新追悼施設案がなぜ「第二の靖国」になてしまうのか、不戦の誓いと戦争責任を明示する新追悼施設案にはどのような問題を抱えているのか、千鳥ヶ 淵戦没者墓苑や平和のいしじをどう評価するか、などを論じる。(抜粋)

前節まで、靖国神社がもはや戦没者追悼の中心施設になりえない事を論じた。そのかわりに無宗教の新追悼施設を作る案があるが、その案についてはどうだろうかがこの節の中心の話題である。

まず、ここでは、二〇〇二年に福田康夫内閣官房長官の私的諮問機関として設置された、「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇親会」(以下、「追悼懇」)がまとめた、報告書をもとに批判を展開する。

報告書によれば、新たな国立戦没者追悼施設は「無宗教」の施設である。・・・(中 略)・・・宗教施設のように対象者を「祀る」、「慰霊する」又は「鎮魂する」という性格のものではない」。・・・(中略)・・・・新たな施設は「日本国憲法に基づき、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、日本と世界の恒久平和を希求するようになった。」日本で「追悼 と平和祈念を両者不可分一体のものと」考える施設である、と言われている。・・・・中略・・・・新たな追悼施設においては・・・中略・・・「すべての戦没者」が追悼対象に含まれる。外国人も「日本人と区別するいわれはない」と言い切っている。(抜粋)

報告書にある新追悼施設とはこのように、無宗教であり、外国人を含むすべての人を対象した施設である。
このような施設ができることにより、「靖国問題」は解決されるだろうか?著者はそうは思えない。と強く反対する。そこには、根本的な問題がある。
この報告書の問題点を著者は以下の3つを指摘している。

  1. 「A級戦犯」問題を曖昧にしていること
  2. 歴史認識について曖昧にしていること
  3. この施設で追悼される「戦後の死者」の問題

1,2、の詳細ははぶく、問題は3なのである。
報告書には次のように書かれている。

戦後は、日本の平和と独立を守り国の安全を保つための活動や日本に係わる国際平和のための活動における死没者を追悼し、・・・・以下略 (抜粋)

戦後について言えば、日本は日本国憲法により不戦の誓いを行っており、日本が戦争 することは理論的にはあり得ないから、このような戦後の日本にとって、日本の平和と独立を害したり国際平和の理念に違背する行為をした者の中に死没者がでても、この施設における追悼対象とならないことはいうまでもない。

この点について著者は、イロイロな例をしめした後以下のように批判する。

驚くべき事態である。「過去に日本が起こした戦争」については、日本人の死没者も 外国人の死没者も区別なく追悼対象にする新たな追悼施設は、「戦後」の武力行使については、日本人の死没者だけを追悼対象にするのであって、外国人の死没者は追悼対象から除外される。なぜなら、日本の死没者は、・・中略・・正しい武力行使の死没者であるが、外国人の死没者は・・中略・・正しくない武力行使 の死没者だからだ。・・・中略
この論理は、「天皇の軍隊」日本軍の戦争をつねに正戦とし、その戦死者のみ顕彰した靖国の論理と瓜二つではないだろうか。(抜粋)

ここで、日本国憲法の「不戦の誓い」がこの論理に取り込まれていることを著者は注意している。

こうして、「不戦の誓い」のもとで、事実上あらゆる戦争が日本国家によって正当化されていくおそれがある。(抜粋)

これでは、「第二の靖国」になる恐れがあると著者は言っている。
ここで、話題が新追悼施設から離れ、各国の追悼施設にを概観し、追悼施設一般の問題を論じている。
このような「英霊祭祀」=「戦没者追悼」の儀礼のシステムは、日本のみならずヨーロッパ、中国、韓国にもあるという。そして、その共通の問題点として国家が戦死者を追悼し顕彰することにより、それが、かつての「靖国神社」のように人々を戦争に駆り立てる装置に変る危険性があるといっている。

戦争や武力行使を行う可能性のある国家は、必ず戦没者を顕彰する儀礼装置をもち、それによって戦死の非哀を名誉に換え、国民を新たな戦争や武力行使に動員していく。(抜粋)

国立追悼施設に関しては、

「国立追悼施設」が新たな戦死者の受け皿にならない必要条件とは何か。それは、こ の施設における「追悼」が決して「顕彰」にならず、国家がその「追悼」を新たな戦争につなげていく回路が完全に絶たれていることである。具体的に言えば、 国家が「不戦の誓い」を現実化して、戦争に備える軍事力を実質的に廃棄することである。(抜粋)

そして

国立追悼施設が「第二の靖国」になることを防ぐものは、施設そのものではない。施設は施設にすぎない。問題は政治である。(抜粋)

と結論している。

最後に「おわりに」に書かれている。著者の意見を抜書きしておく。

「靖国問題」の解決は、次のような方向で図られるべきである。
一、政教分離を徹底することによって、「国家機関」としての靖国神社を名実ともに廃止すること。首相は天皇の参拝など国家と神社の癒着を完全に絶つこと。
一、靖国神社の信教の自由を保障するのは当然であるが、合祀取り下げを求める内外の遺族の要求には靖国神社が応じること。それぞれの仕方で追悼したいという遺族の権利を、自らの信教の自由の名の下に侵害することは許されない。
この二点が本当に実現すれば、靖国神社は、そこに祀られたいと遺族が望む戦死者だけを祀る一宗教法人として存続することになるだろう。
そのうえで、
一、近代日本のすべての対外戦争を正戦であったと考える特異な歴史観(遊就館の展示がそれを表現している)は、自由な言論によって克服されるべきである。
一、「第二の靖国」の出現を防ぐには、憲法の「不戦の誓い」を担保する脱軍事化に向けた不断の努力が必要である。(抜粋)

以上読み終わって、感じる事は、著者の徹底的な平和主義には多少疑問点もあるものの、この問題に対して、概観的は知識は得られたと思う。また、論理的な文章は意味が取りやすかった。
欲を言えば、もう少し「宗教」の問題を掘り下げて欲しかった。現代の戦争は、宗教問題であり、民族問題である。神の名のもとに死んでいく若者が大勢いる。どうしてそうなるのだろうか?日本の歴史から少しで糸口はないのだろうか?

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