[レビュー]『月の満ち欠け 岩波文庫的』
佐藤正午 著

Reading Journal 2nd

『月の満ち欠け 岩波文庫的』佐藤正午 著、岩波書店、2019年
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

岩波文庫的 月の満ち欠け

メルカリを見ていて『月の満ち欠け』って本に目がとまった。「岩波文庫なんだぁ~、名前も何となくいいしねぇ、そして、お値段300円ってのもいいよね」、購入決定!

っで、どんな本か調べていたとき、ちょっと気になることが、「岩波文庫的 月の満ち欠け」って書いてある? ”的“・・・??誤植??そこで調べてみると、なんと、岩波文庫のパロディーだった!!

この本は、岩波文庫をイメージした装丁とサイズで、岩波書店が作った本とのことである。なので、岩波文庫ではなく、あくまで“的”である。『月の満ち欠け』は、直木賞を受賞しているのだが、作者の佐藤さんが、受賞前から「受賞したら岩波文庫に入れてほしい」などと冗談半分で言っていたとのこと。そして、それを岩波書店が、実現しちゃったんですね、“的”だけどね♬。(情報は、産経新聞のweb 2019/8/29 19:03 より)

ちなみに本についていた帯によると映画にもなっているみたいよ。


『月の満ち欠け 岩波文庫的』がやってきました。ブックカバーを見ると、たしかに「岩波文庫的」って書いてある!

それはそれとして、目次も気になるぞ。時計が書いてある。そして数字。どうやら時計も目次らしいのですね。う~~んこれは、時計の目次のところが現在進行形で・・・英数字のところが、過去or未来だな!・・・・と、思った、どうだろう?ね。

カバーです(的って書いてあるよね)
目次は時計と数字だね

『月の満ち欠け』 読み終りました。上にある目次の謎ですが、ピンポン!でした。まぁ、未来はなかったな。

『月の満ち欠け』は、生まれ変わりをテーマとした小説である。思いを寄せる男性に会うために何度も生まれ変わってくる。そんな話です。そういうと、ちょっと怖い話になるのですが、全然オカルト的な話になっていない。いや、振ろうと思えばオカルト的な話になるが、佐藤正午はちゃんとわきまえていて不思議な話の範囲にとどめている。

伊坂幸太郎の「特別寄稿」(あえて、解説としていない)に「小説に対するセンスのよさ」とあるが、この著者は、なかなかの小説巧者である。現在時間の時間軸の話とそれぞれ話し手が変わる過去の話とが組み合わせって進行している小説である。ともすると、話の内容がごちゃ混ぜになるのだが、丁寧に伏線を張りめぐらしていて、「迷わない」さらに、丁寧な伏線の結果、見通しが良すぎて興味が薄れるのを防ぐため、適時、短歌や映画などなどの謎かけを挟んでいる。そして最後もすごくうまくできていて、それまでずっと続いていた主旋律のストーリーから、あらかじめ巧妙な伏線を張ってあった副旋律が終盤になって急に持ち上がり、主人公自身の身に降りかかる。そして、最後の最後は謎にして余韻を持たせている、なんというかな、センスいいねぇ~って感じですね。

最後の参考文献にもあり、また小説の中で何度も触れられているが、この小説はイアン・スティーヴンソンの『前世を記憶する子どもたち』という本にインスパイア―されている。『前世を記憶する子どもたち』は、小説ではなく心理学的な研究書。2000もの前世を記憶している子どもの例を集め研究したものだそうだ。う~~ん、こっちの本はボクのような小心者には怖くて読めないよね。(ちなみに、日本教文社のHPを見ると、『月の満ち欠け』に出てくるって書いてあった)

そうそう、この本がどうして「岩波文庫的」であるかも、特別寄稿の中でわかりました。なんでも、岩波書店の担当者が、伊坂幸太郎氏に解説を依頼したメールに、「本作が(岩波書店にとって)最初で最後の(直木賞)受賞作になることと存じます。」と書いてあったようです。そういう意味での、気合を入れて、「岩波文庫“的”」として出版したようです。ちなみに、あくまで“的”で岩波文庫でないので、寄稿文では、文庫版と書かずにペーパーバック版となっている。厳密にはそうなんだよね。


関連図書:ティーヴンソン,I.(イアン)(著)『前世を記憶する子どもたち』、日本教文社、1990年


目次

午前十一時




午前十一時半




午後〇時

10
11
午後〇時半
12
午後一時
13
特別寄稿 伊坂幸太郎

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