Reading Journal 2nd

あまねく「いのち」を見つめて(後半)
北川前肇 『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』 より

法華経・日蓮宗では、死に対して嘆いたり悲しんだりすることを人との別れの本質と捉える。しかし、その根本に「南無妙法蓮華経」という七文字が無くてはならないとする。そして、生者と死者をつなぐもの「南無妙法蓮華経」である。:『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』より 
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とはずがたりーー愛欲に生きた人
山口 仲美 『日本語の古典』 より

『とはずがたり』は、その内容から長い間存在が知られていない物語であった。作者の二条は後草深院の後宮に入りながら、数々の男たちと情を交わす。著者は、作者はそのことに良心の呵責を感じていないと指摘する。それが作者の愛欲生活の原因である:『日本語の古典』より  
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小さな発見を重ねる / 辞書を手もとにおく
辰濃和男 『文章のみがき方』 より

向田邦子は、「どんな小さなことでもいい。毎日何かしら発見をし、『へぇ、なるほどなあ』と感心して面白がって働くと、努力も楽しみのほうに組み込むことが出来るように思う」と書いている。文章を書ときもこのように小さな発見を重ねることは大事である。: 『文章のみがき方』より
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あまねく「いのち」を見つめて(前半)
北川前肇 『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』 より

宮沢賢治の妹・トシは24歳の時、結核で亡くなる。臨終の間際にトシは積もる雨雪を取ってきてほしと賢治に頼む。そして、賢治はその「ふたわん」の雪が「天上のアイスクリーム」・「兜率の天の食」になればと祈るのであった。:『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』より 
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平家物語ーー鮮烈に描かれる若武者の死
山口 仲美 『日本語の古典』 より

「敦盛最期」は『平家物語』の中でも特にインパクトのある巻である。優美な若武者敦盛とそれを打ち取らざるを得なかった直実、が公家的なものと武士的なものをみごとに対比させる。そして、この出来事で仏心が起こった直実は出家を決意する。:『日本語の古典』より  
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歩く / 現場感覚をきたえる
辰濃和男 『文章のみがき方』 より

散歩することは文章を書くことにも有益である。歩くことにより、生々しい現実を見たり聞いたりし、文章の素材を得られる。また書くことに苦しんでいる時も歩くと頭がすっきりする効果が得られる。もう一つここでは現場感覚を鍛えることが語られている。: 『文章のみがき方』より 
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「ほんたうのたべもの」としての童話(その3)
北川前肇 『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』 より

宮沢賢治の童話には、「よだかの星」のように、現実社会を反映したような弱い者が強者に抑圧される物語もある。賢治は、差別されるよだかを残酷なまでに詳細に描くことで、人間社会の問題と訴えている。:『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』より  
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方丈記ーー見事なドキュメンタリー
山口 仲美 『日本語の古典』 より

鴨長明の『方丈記』は、見事なドキュメンタリーである。長明は、「安元の大火」、「治承の大辻風」などの災害を体験し、その事実を正確に、さらに的確な比喩によってまるで目の前に起こっているような臨場感で記している。:『日本語の古典』より  
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繰り返し読む / 乱読をたのしむ
辰濃和男 『文章のみがき方』 より

文章修行でも「本を繰り返し」読むことは大切である。書くことと読むことは表裏一体であり、いい文章を読むことはいい文章を書くことの基本となる。そしてその読み方も「乱読」を楽しむこと、出来れば異分野の本を読むことがオススメである。: 『文章のみがき方』より
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「ほんたうのたべもの」としての童話(その2)
北川前肇 『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』 より

賢治が「どんぐりと山猫」で、伝えたかったメッセージは、「差別」することの愚かさである。法華経は無差別・無分別の仏の認識を基本にしているため、仏の目から見れば自分や他者という区別はない。そのような「真実なるもの」を伝えている:『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』より