女と男と男の聖愛:三浦綾子 –– 善き神はなぜ残酷な世界を創ったのか(その1)
岡本 亮輔 『キリスト教入門の系譜』より

Reading Journal 2nd

『キリスト教入門の系譜』 岡本 亮輔 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

第6章 善き神はなぜ残酷な世界を創ったのか ―― 苦難への彼女たちの応答(その1)

今日から「第6章 善き神はなぜ残酷な世界を創ったのか」である。ここでは、「悪が存在するにもかかわらず、神は正しいのか」という根本的な問題に対峙した三浦綾子、曽野綾子、渡辺和子の三人の女性に焦点が当てられている。彼女たちはそれぞれの傷を負いながら、信仰を捨てずに、神へ問いかけた。

第6章は、一人ずつ3回にかけてまとめることにする。それでは読み始めよう。


宗教への疑問の一つとして、「なぜ全能の神がいるのに、悪や苦しみが放置され、無垢な子供が理不尽に死に、戦争や災害がなくならないかと」いう問いがある。キリスト教では、この問いに対して神義論と呼ばれる思索が蓄積されている。

「悪が存在するにもかかわらず、神は正しいのか」という根源的な問いに向き合う営みである。(抜粋)

第6章では、こうした問題に正面から向き合った女性たちの歩みをたどっている。

女と男と男の聖愛 — 三浦綾子の絶望と再生

三浦綾子と遠藤周作

三浦綾子の経歴は猿渡周作と重なることが多い。二人は同学年であり、共に結核に苦しむ青春時代送り、共に一九六〇年代に代表作『沈黙』(遠藤)と『氷点』(三浦)を発表した。

しかし、相違点もある。遠藤は知識人で東京の文壇に身を置き、純文学の道を進んだ。三浦は、二〇代で小学校教師になり、作家になってからも旭川から離れず、大衆文学で大成した。遠藤が、母の影響でカトリックの洗礼を受けたのに対し、三浦は自らプロテスタントとなった。遠藤は、男性・夫・父として生きたが、三浦は、女性・妻となったが母とならなかった。

さらに決定的な違いは、信仰への迷いであった。遠藤は、西欧キリスト教と日本人としての自分の感性の隔たりに悩み、教会から異端視されることさえあった。しかし、三浦は、絶望の淵で受洗して以降、揺らぐことなく信仰を貫いた。(抜粋)

三浦綾子の生涯:前川正と三浦光世

三浦綾子は、第二次世界大戦中、小学校の教師として日本国と現人神あらひとがみのために生徒を厳しくしつけていた。しかし、敗戦後、GHQが教科書の黒塗りを命じるにあたり、これまで教えてきたことは嘘だったのか、そうだったとしたら生徒の前で死んで詫びるべきでないかと思い悩んだ。そしてこのまま教壇に立てないと思い、教員生活を終えた。二四歳の時であった。

綾子は教員を辞めてすぐに肺結核と診断された。彼女は療養中、廃退的に振舞、あえて酒とタバコに手をだし、男にも言い寄った。そんな彼女を引き戻そうとしたのが同じ小学校を卒業した前川正ただしであった。前川は、北海道大学医学部に進んだものの肺を患い、長期療養をしていた。

クリスチャンの家に育った前川は、綾子の再生を願って献身的に寄り添った。しかい、彼女は虚無感から自殺未遂をする。すると、前川は彼女が回心しないのは自分の信仰が薄いからだと、自分の足を石で打ちつけた。

その姿に彼女の心が動いた。酒とタバコをやめ、前川の通う教会に足を運ぶようになった。(抜粋)

療養から六年目、綾子は脊髄カリウスを発症し、札幌の病院に移り、全身ギブスで寝たきりとなる。そして、彼女は洗礼を受ける決心をし、病床で洗礼を受けた。そして、一年ほど札幌ですごした綾子は、また前川のいる旭川に戻った。しかし、翌年、前川が死んでしまう。

それから、一年ほど過ぎるころ、綾子のもとに、三浦光世みつよが見舞いに訪れる。綾子が投稿したキリスト教同人誌の主宰のはからいだった。この光世は驚くほど前川に似ていた。容貌だけでなく、話し方や趣味、考え方までそっくりだった。そして、光世も一〇代後半で腎臓結核を患い、一一年の療養生活の間にクリスチャンとなった人であった。そして出会いから三年後、綾子の脊髄カリウスが完治し、二人は結婚した。

そして、六四年に人間の原罪と赦しをテーマにした大ヒット作『氷点』が生まれた。のちに綾子の口述を光世が書きとめる執筆スタイルが定着し、二人は二人三脚で創作活動に打ち込む。

『道ありき』:その生涯と信仰

三浦綾子の信仰と人生は、自伝三部作『道ありき』にまとめられている。

  • 第一部 『道ありき』:教員時代~光世に出会うまで
  • 第二部 『この土の器をも』:結婚生活
  • 第三部 『光あるうちに』:信仰

三浦は、療養時代を「廃品的存在」と呼び、信仰を持った後も「まことに至らぬクリスチャン」と記す。

常に自己を戒め、自らを極限の低みに置く --- それと引き換えに、周囲の人々をおどこまでも尊く書くのが、三浦の語り口である。(抜粋)

ここで前川は、彼女の「真実の恋人」「キリストへの導き手」である。そして、その死後前川の地位を光世が引き継ぐ。結婚後、光世は献身的に寄り添い、三浦綾子の執筆支援に専念してからは、四六時中共にした。

『愛に遠くあれど — 夫と妻の対話』、『生命に刻まれし愛のかたみ』:聖愛で結ばれた二人

三浦綾子は、光世との共著『愛に遠くあれど — 夫と妻の対話』と前川との往復書簡を中心に編んだ『生命に刻まれし愛のかたみ』を刊行する。

前者で、夫婦は

人は性愛でなく、聖愛によってこそ結ばれるべきだと語り合い、三浦は、光世の「ひろやかな心」に深い感謝を重ねる。(抜粋)

三浦綾子とキリスト教

三浦綾子にとって誰もが罪人である。キリスト以外に正しい人などいないと思うのは、聖書にそう書かれているからである。木でできた仏像や神像を拝むのも滑稽である。作家としての先輩である芥川龍之介も太宰治も三島由紀夫も尊敬すべき人物とみなさない。三人とも自ら命を絶ったからである。また、人工中絶も否定している。

そして三浦は聖書の記述は全て事実であると主張する。(抜粋)

『新約聖書入門 — 心の糧を求める人へ』では、強い精神的・肉体的ショックを受けた際に精子なしで乱視が単独で受胎するという学術研究を紹介して、処女懐胎も事実であるした。

このような姿勢はキリスト教原理主義に近い。プロテスタントである三浦と神を隔てるものはなく、毎日聖書を読み日々の生活の中で心から納得したものを発信した。

彼女の問いかけは常に具体的であり、一般化も普遍化も必要としない。n=1の痛みや苦しみと向き合うところに、彼女の信仰の基礎がある。だからこそ、その言葉は力強く、時に過激さを帯びながら、多くの読者の心をつかんだのである。(抜粋)

関連図書:
三浦綾子(著)『氷点』(上・下)、朝日新聞出版(朝日文庫)、1978年
遠藤周作(著)『沈黙』、新潮社(新潮文庫)、1981年
三浦綾子(著)『道ありき―青春編―』新潮社〈新潮文庫〉、1980年。
三浦綾子(著)『この土の器をも―道ありき第二部 結婚編―』、新潮社〈新潮文庫〉、1981年。
三浦綾子(著)『光あるうちに―道ありき第三部 信仰入門編―』、新潮社〈新潮文庫〉、1982年
三浦光世・三浦綾子(著)『愛に遠くあれど : 夫と妻の対話』、講談社〈講談社文庫〉、1981年
三浦綾子(著)『生命に刻まれし愛のかたみ』、新潮社〈新潮文庫〉、1980年
三浦綾子(著)『新約聖書入門 : 心の糧を求める人へ』(新装版)光文社〈光文社文庫〉、2025年

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