『忙しい人のための美術館の歩き方』 ちいさな美術館の学芸員 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第5章 結局、美術館に行く意味って何? 2 美術鑑賞とマインドフルネス
今日のところは、「美術鑑賞とマインドフルネス」である。前回は、忙しい現代の”タイパの呪縛“から解放されるために美術鑑賞は、大いに役立つということについて考えた。そして、今日のところは、美術鑑賞とマインドフルネスの関係についてである。それでは読み始めよう。
マインドフルネス・禅と美術館
現代の私たちの脳は、次々と押し寄せる情報を処理しようとして回転し続けている。この状況を、著者はコンピュータの「キャッシュ」がたまっている状態にたとえている。そして、パソコンにキャッシュがたまってしまった場合に一番有効な方法は再起動である。そして、人間の脳の再起動には、「ひと眠りすること」「サウナ」などいろいろな方法があるが、「美術館に行く」こともこれに負けない方法である。
このような「サウナ」や「美術鑑賞」などは、マインドフルネスの手法として捉えることが出来る。このマインドフルネスは、禅の瞑想法を応用する形で生まれたものである。
禅で基本とされているのが「止観」である。ここで、止とは、何か一つのことに集中して強制的に心の動きを止めることであり、観は、自分の心を客観的に観察することを意味する。この自分を客観的に観るということは、メタ認知と言い換えることができる。
このようにいったん心の動きを停止させ自分の中に余白を生み出す、思考の真空空間を作りだす、これが禅の基本です。(抜粋)
そこで問題になるのが、心に余裕を生み、自分をリラックスさせることであるが、美術館もその選択肢となる。美術館では作品そのものを際立たせるため、余計な装飾を取り除き、白い壁で構成された空間にしている。そのためわれわれは作品だけに意識を集中することが出来る。これは禅の「止観」とよく似ている。そのため美術館という余白のなかでは、作品を通して、ゆっくりとリラックスすることが出来る。
芸術の「異化効果」と美術鑑賞
美術館で作品鑑賞をした後、単に心がスッキリするだけでなく、心なしか世界が違って見える、そんな体験をしたことはありませんか。実はこれは珍しいことではありません。(抜粋)
美術館で絵を鑑賞した後、一歩外へ踏み出すと、日常の世界が光や色彩にあるれるように感じたり、何か違和感を感じたり、力強い生命力を感じたりすること、このような感覚の変化は芸術の「異化効果」と呼ぶ。この「異化効果」は、もともとはロシアの文学運動の中で生まれ、演劇の分野で応用された芸術全般にあてはまる概念である。元来の意味はそれまで当たり前のものとして使われていた用語や表現を、未知なもの、異様なものとして描写することである。
そして、美術館に展示されている絵画も立体アートも同じ効果を鑑賞者に与えることがある。アーティストは私たちが当たり前として普段見落としてしまうものの中から、思いもよらない煌めきを救いあげて作品として昇華させる。このアーティストが目の前の世界を常識などのフィルターを外してありのままに眺めることは、マインドフルネスが自分のバイアスを取り外してありのままに知覚することと同じである。つまりアーティストの創作は、このマインドフルネスの実践に当たる。
このようにして作り上げられた作品と美術館の展示室で対峙した時、私たちもまた作品を通して作家の目、世界を見る視点とシンクロすることになるのです。(抜粋)
そのため、アーティストの見る世界が私たちに影響し、私たちの見方が変化する。これが、美術館を出たときに、世界が新鮮に見えるようになる理由です。美術鑑賞には、代わり映えのしない日常も、視点を変えるだけで全く違うものとして輝いて見えるという効果もある。
美術館に並ぶ作品は、特に近現代のアートはマインドフルネスの産物ということができる。

コメント