『奇人と異才の中国史』 井波 律子 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
II 統一王朝の興亡 1 政治と詩の世界 — 唐・五代(その2)
今日のところは、「1 政治と詩の世界– 唐・五代」の“その2”である。ここでは「白楽天」「魚玄機」をまとめることとする。それでは読み始めよう。
白楽天(詩人)
白居易あざな楽天は、中唐の大詩人である。彼は、幼い頃よりずばぬけて聡明であり、二十九歳で科挙の進士科に合格した。その三年後にさらに上級の試験に主席合格し官界入りを果たした。このとき、高名な詩人・小説家の元稹も同時に受かっていて、二人は生涯の友達となる。さらにその三年後に特別任用試験の「制挙」に元稹と共に合格した。
こうして白楽天は高級官僚となるが、彼は皇帝に直接ものが言える立場となると、しばしば貪欲な宦官や悪徳官僚を厳しく糾弾した。さらに貧しい民衆に心を痛め、「新豊の臂を折りし翁」などの、政治悪を批判する「諷喩詩」を数多く作る。
白楽天はこのような態度であったため、四十四歳のとき、ついに長安を追放され江州地方の役人に左遷させる。しかし、彼は草庵を築いて地方暮らしを楽しみつつ、詩作に励んだ。その後、状況が好転して朝廷に呼び戻され、以後七十一で引退するまでずっと官界に身を置いた。
白楽天は家庭を愛し、元稹をはじめ多くの友人と交友する、誠実な大常識人であった。彼の詩風もまた平明そのものであり、広い階層の人々から愛読された。(抜粋)
魚玄機(詩人)
李白・杜甫などが輩出した唐代は、詩の黄金期であり、女性詩人も多く生まれた。その代表格が薛濤、魚玄機は、その代表格である。薛濤は妓女、魚玄機は、妓楼の娘(養女)であって、両者とも花柳界の女性であった。唐代の名妓は詩作の素養が不可欠であり、男たちは才色兼備な名妓との会話を楽しんだ。二人の生き方や詩は対照的で、薛濤は生き方も詩も穏やかであるが、魚玄機は、生き方も激しく大胆な詩風を特徴とする。
魚玄機は、幼くして妓楼の養女となった。そして聡明な彼女を「揺金樹(金のなる木)」と見込んで養父母も家庭教師を雇うなど投資を惜しまなかった。そして、彼女は抜群の詩的才能をもつ美少女に成長し長安の名士の注目を集めた。
やがて李億という素封家に望まれ花柳界から足を洗い側室として嫁ぐことになる。しかし、二年余りで李億は心変わりしお払い箱になってしまう。
この屈辱的体によって、魚玄機は回復不能の深傷を負った。(抜粋)
その後、彼女は道観(道教寺院)に入り女道士となる。道観は、出入り自由であるため、名高い詩人である彼女のもとには詩を求める訪問者が絶えなかった。そして、彼女に新しい恋人ができた。しかし、裏切られることを恐怖におびえる彼女は、誤解にもとづく凄惨な事件を起こしてしまう。
彼女が不在の時に訪ねてきた恋人を留守番の侍女が応対したが、魚玄機は二人の関係を疑い侍女を責め殺してしまうのである。魚玄機はこの事件により処刑されることになる。ときに二十六歳であった。
ありあまる才能をもちながら自立のすべもなく、不実な男に翻弄された後遺症で、ついに身を滅ぼしてしまった魚玄機。そんな彼女の詩はなりふりかまわぬ、切迫した自己告白の響きにあふれている。(抜粋)
また、著者は、魚玄機をモデルとして森鴎外は『魚玄機』を書いたことを付言している。
関連図書:森鴎外(著)『魚玄機』(『森鴎外全集5』)、筑摩書房、1995年

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