『コミュニケーション技術』 篠田 義明 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第一章 伝達技術の必要性
はしがきが終わって、今日から本編に入る。今日のところは「第一章 伝達技術の必要性」である。ここでは、最初に実用文というものについて解説し、その教育における欧米と日本での違い日本での遅れについて言及する。そしてこのような実用文の書き方を含むコミュケーション術の習得がこれからの世の中では重要になっているとし、本書の狙いを説明している。それでは、読み始めよう。
実用文とは
冒頭で著者は、谷崎潤一郎の『文章読本』にある「私は、文章に実用的と芸術的との区別はないと思います」という言葉に、抵抗を感じると言っている。それは、実用文では、読む相手が決まっていて、その相手に何かの行動を期待しているのに対し芸術分はそれがないという理由である。
実用文は読み手に行動を求めるため、読み手を意識し書かなければならない。その関係は、① 課題-② 仕事(研究)-③ 報告-④ 対象-⑤ 行動、となる。
実用文を書く人は、まず課題が与えられる①。そして仕事(研究)に取り掛かるか、相手に仕事(研究)の依頼をする②。つぎに報告文か説得文かを決め④、読み手を分析し、対象を明確にし⑤、読み手の反応を考え行動を期待する⑤。
実用文は、読む相手の行動を促す必要があるため「自分の云いたいことを、そのまま伝える」わけにもいかない。
ここで著者は、実用文を次のように定義する。
実用文とは、・・・・中略・・・・自分考えや意見あるいは経験を表わす情報を、読む対象に提供する文章をさすことにする。(抜粋)
科学技術の急速な発展によりわれわれは否応なしにコミュニケーション技術を必要とする時代になった。複雑な科学技術、複雑な社会機構、さらにグルーバルな相互依存に密に取り囲まれた世界では、コミュニケーション技術が果たす役割を無視できない。そして、その必要性はどんどん高まっている。
欧米における作文技術
そのような状況にあるにもかかわらず日本ではほとんどレポートの作成法や作文の指導がされていない。これは日本人が論理的な文章を苦手とする原因となっている。
しかし、欧米では作文技術を徹底的に指導している大学が多い。さらに、作文技術だけに限らず、図表の書き方、口頭発表の仕方までおも指導している。本書がライティング技術でなくコミュニケーション技術としたのは、そのためである。
日本における作文技術
日本では「話すように書け」と言われるが、実際には話し言葉には無駄が多く、そのまま書かれては、読む方はたまらない。また、話し言葉は目の前に相手がいるため、手振りなどの補助手段をつかったり、反対に相手も聞き返したりできる。ラジオやテレビのような場合でも、抑揚やアクセントなどの手段を使って分かり易くすることができる。しかし、文章の場合は常に一方通行である。
少なくとも、実用文では「話すように書け」はあたらないと言えよう。(抜粋)
また、「見たように書け」とも言われる。しかし、本当に見たように書けるかと言えば、どのような状況であってもすでに書く方の主観が働いてしまう。
「目に映ったように正確に書け」も、実用文には向かない(抜粋)
実用文では、読み手を絶えず意識して、内容を編集する必要がある。
また、国文法が出来れば「わかりやすい文章」が書けるという人もいる。これは、多分に英語の影響を受けているようであるが、英文法が出来ても英語の読み・書き・会話も上達しない。文法的に正しくても論理が乱れていては相手に十分理解させることが出来ないのである。
つまり、文法だけを勉強しても「わかりやすい文」を書けないことを意味している。(抜粋)
実用文の価値は、文法的に正しいかどうかではなく、実社会で通用するか否かで決まる。
日本人は外国語をマスターするのが苦手な国民であるが、それは幅広い基礎力を論理的につけないことにある。仕事に使う英会話を勉強するさいには、論理的な作文を身に付けることが肝要である。外国語の習得は、暗記であるという欲説があるが、どんなに暗記をしても、文章作法の内部構造なるものの勉強をしなければ、使える英語はマスターできない。
文章には内容がなければならない。したがって、その内容を相手が理解できるように効果的に表すためには、自分独自の内容を言語化し、わかりやすく、効果を発揮する文章の構成する技術を身につけなければならない。(抜粋)
このような視点にたって、本書は「わかりやすい文章」の書き方についての技術を考え、同時に、グローバルな視点に立って「コミュニケーション術」の習得を目指している。それは日本人が、学問、政治、経済、技術の分野で世界的に競争・協力してゆくために必要であるからである。

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