『ナルニア国物語』『ゲド戦記』『ハリー・ポッター』(前半)
中村 圭志 『ファンタジーに秘められた宗教』より

Reading Journal 2nd

『ファンタジーに秘められた宗教』 中村 圭志 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

『ファンタジーに秘められた宗教』、第⑤回の『ハリー・ポッター』の放送を見ました。あれ?本では、『ナルニア国物語』『ゲド戦記』『ハリー・ポッター』の3つが紹介し、第二次世界大戦後の欧米社会の宗教の状況を概観する構成となっているんだが、放送は『ハリー・ポッター』に集約されていました。まぁ、一番有名な作品だし、“現代”の宗教心を語るということですかな?

今回の放送は、司会は宗教学者で僧侶の若松英輔、著者の中村圭志とゲストとして文筆家の伊藤亜和の三人の対話形式となっていた。

ここでは、第二次世界大戦後の各時代を代表する長編ファンタジー3つが取り上げられているが、まず”前半“では、『ナルニア国物語』『ゲド戦記』をまとめるとする。それでは、読み始めよう。

ファンタジーでたどる第二次世界知戦後の宗教心の変化

第⑤回では、英語圏の3つのファンタジー長編の宗教性に着目し、第二次世界大戦後の英米社会の宗教の状況を考察する。取り上げられるファンタジーとそのテーマは以下である。

  1. 『ナルニア国物語』全七巻(C・S・ルイス)一九五〇‐五六年、キリスト教の伝道
  2. 『ゲド戦記』全六巻(アーシュラ・K・ル=グウィン)一九六八‐二〇〇一年、対抗文化カウンターカルチャーとしての東洋宗教
  3. 『ハリー・ポッター』全七巻(J・K・ローリング)一九九七‐二〇〇七年、死生観(特定の宗教への言及を控える)

二十世紀後半になると宗教は無条件で受け入れられなくなってきた。この3つの作品は、その過程を理解するのに最適である。

『ナルニア国物語』を執筆したC・S・ルイスは、敬虔なクリスチャンであり、この物語は、はっきりと伝道の意図を持っている。それは一九五〇年代には、キリスト教の信仰が当然のものと受け止められていたことを背景としている。

『ゲド戦記』は、その前提を打ち破るカンターカルチャー的な内容を持つ。六〇年代以降の西洋は、古い価値観に対抗する若者文化が起こり、その風潮の中で悟りや瞑想に焦点を置く仏教、ヒンドゥー教、道教などの東洋文化、従来抑圧されていた民族的宗教に光が当たった。『ゲド戦記』の世界像はアメリカ先住民の文化を思わせるところがあり、思想的には、東洋思想、特に老子や易経の影響がある

『ハリー・ポッター』には、キリスト教への直接的な言及はほとんどない。これは九〇年代以降にカウンターカルチャー以降の社会情勢を反映し、宗教への懐疑によるものである。宗教を語ることを避け、作者は、人生における「不条理」、さらに誰にとっても最大の問題である「死」の問題を前面に押し出している

全体として『ハリー・ポッター』は、宗教に直接触れない作品でありながら、不条理と死に焦点を当てた、深い意味で宗教的な、スピリチャルな作品となっています。(抜粋)

五〇年代『ナルニア国物語』

『ナルニア国物語』は、ナルニアという名のパラレル・ワールド(現実と並行して存在する異世界)の創造から終末までを描く全七巻シリーズです。(抜粋)

この物語は、ケンブリッジの学者であったC・S・ルイスが、伝道者としての立場で書いたものである。イエス・キリストに相当するアリランというライオンが登場し、天地創造からキリストの時代・中世・近代そして終末の時代までの『歴史』をナルニア国の世界の中で描いている。

『ライオンと魔女』

ここで内容的に重要な最初の巻、『ライオンと魔女』が取り上げられる。

第二次世界大戦中にロンドンに暮らす子供たち(二男二女)が、異世界につながる衣装だんすを見つけ、異世界に入り込んでしまう。そこは、動物たちか言葉を話し、神話の中の生き物が住んでいる魔法の国,ナルニアであった。

ナルニアでは、魔女と神であるライオンの戦いが始まる。四兄弟の次男エドマンドは、兄への不満から兄弟を裏切り、魔女側についてしまう。すぐに間違いに気づき、兄とアスランによって救出されるが、魔女は「裏切りの罪は重い」という正義の原則を盾にエドマンドの命を要求する。

アスランはでエドマンドに身代わりとなって、魔女のやいばを身の引受け、死んでしまう。しかし、正義のおきてより古くからある深遠な魔法によって復活する。そして、新しい力を得たアスラン陣営は、戦いに勝ち四兄弟は対等の王と王女となる。四兄弟は、そのまま長い年月を過ごすが、あるとき偶然にもとの世界に戻っていく。姿は子供のままで、時間はほとんど経っていなかった。

アスランがエドマンドの罪を身代わりとなり殺され、そのあと復活するという筋書きは、キリストの贖罪しょくざいと復活の物語をなぞっている。子供たちは、それを親や牧師の解説を聞くことにより、キリスト教の教理に導かれることになる。

『ナルニア国物語』の宗教性

『ナルニア国物語』の宗教性について、著者は「人が善から目をそむけるときのやましい気持ちの描写」に注目している。

アスランは言葉でくどくど説教しません。威厳と慈愛に満ちたアスランの目は、まさに神の目として子供たちを見つめ、子供たちの良心を目覚めさせます。(抜粋)

これは、信者が一人で神と — および自らの良心と — 向き合い、心の中で対話するプロセスを模倣している。敬虔な信者にとって神とは、願いごとをかなえてくれる存在である以前に、自らの反省を促すものである。

『ナルニア国物語』への批判

『ナルニア国物語』は、一九五〇年代の人々の保守的な意識をそのまま書き込んでいるため、さまざまな批判もあった。神の前での反省のような倫理的に優れた描写と、男女差別のような作者個人の偏見が抱き合わせとなっていることが批判された。

今日の欧米で盛んな宗教批判の中に、「宗教は、抽象化された高邁こうまいな議論と女性差別などの具体的偏見をいつもセットにしている」というものがありますが、伝道者C・S・ルイスはまさにそれを実践しているのです。(抜粋)

また、ナルニア国は中世ヨーロッパを想起させる風俗で描かれているが、周辺地域は、中世アジアを想起させる描き方になっている。そして、その地域の宗教(異教)は、間違った教えとして描いている。

この時代は、このようなエスノセントリズム(自文化中心主義)はあたり前のことであるとしたうえで、著者は、「問題はやはり、偏見をもつことを免れない人間が、普遍的真理として神を代弁することに内在する根本的危うさにある」と指摘している。

この『ナルニア国物語』の長所と短所は、その後の作者を発奮させ、今に至るまでキリスト教から離れる形で宗教的テーマを追う諸作品が次々と発表されることになる。

六〇・七〇年代『ゲド戦記』とカウンターカルチャー

冷戦下の一九六〇~七〇年代のアメリカでは、ベトナム戦争の反対やその頃未解決だった制度的な黒人差別への批判などからカウンターカルチャーが台頭し、ヨーロッパや日本に波及した。キリスト教は、帝国主義や白人主義に加担しているとして批判され、一方、アメリカ先住民文化や東洋宗教が注目を浴びた。

そのような背景の中、アーシュラ・K・ル=グウィンの『ゲド戦記』が書かれた。文化人類学の父母を持つ彼女は、幼いころからアメリカ先住民文化に親しみ、また、東洋思想の知識も持ち合わせていた。

『ゲド戦記』は、ある架空世界でアメリカ先住民かアジア人を思わせるゲドが活躍する物語である。ゲドの原題の『アースシー (earthsea)』、つまり地 (earth)・海 (sea)が結合してもので、錬金術などの四大元素「火・風・水・土」を連想させるもので、この作品の根底を流れる「陰と陽」のような対立原理の均衡の思想を暗示している。

『ゲド戦記』のこうした均衡のメッセージは、一つの絶対的正義の観点で世界を統一しようとする一神教の世界観に対抗するものです。(抜粋)

一神教では、絶対善と悪を対立させるが、多神教の世界では、その善と悪の区別ははっきりしていない。ル=グウィンの参考にした中国思想ではそのような善と悪の対立ではなく「陽(積極性、能動性)」と「陰(消極性、受動性)」の対照を強調し、むしろ物事の和合わごうを浮き彫りにする。

ゲドも悪と戦うが、悪を力でねじ伏せることはせず、むしろ真の敵は自分自身の無意識の側面である「影」であると考えている。このような側面にも陰陽の和合の思想がうかがわれる。『ゲド戦記』においても敵意や悪意を持った人は滅びるが、作者は敵対者と自己の関係を善悪の対立として描くことは避けている。そして、男性中心主義やエスノセントリズムも意図的に遠ざかっている

カウンターカルチャー以降の社会現象

カウンターカルチャー以降は、人種差別撤廃運動、植民地支配や資本主義への批判、フェミニズム、性的少数者の人権運動、音楽・視覚芸術の革新、環境運動など、多くの改革運動が拡大・定着した。

宗教の世界でも、これまで正統であった神の信仰よりも、瞑想などの自己覚醒が強調され、占星術、オカルト、疑似科学、陰謀論、カルト宗教などが乱立した。一方、キリスト教も保守化し、ファンダメンタリズム(原理主義)が台頭し、信者の自由を強調する穏健な主流派は、徐々に弱体化し、無宗教を自認する人も増えている。

今日では、欧米社会全般におうて、組織化・体系化された宗教を意味する “religion”は、実体としても、概念としても、往年より敬遠される傾向があります。他方、個人レベルの真理探究のようなものは肯定的に受け止められ、”spirituality” と呼ぶことが多くなってきました。(抜粋)

このため、本書では、’spirituality”を「宗教心」に相当する言葉として使用している。


関連図書:
C・S・ルイス(著)『ナルニア国ものがたり』全7巻、岩波書店、1966年
ル=グウィン,アーシュラ・K(著)『ゲド戦記』全6巻、岩波書店.

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