聖域の回廊 — Moissac(モワサック)
池上 英洋 『フランス 26の街の物語』より

Reading Journal 2nd

『フランス 26の街の物語』 池上 英洋 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

Chapter 4 世界遺産を歩く / 聖域の回廊 — Moissac(モワサック)

『薔薇の名前』の修道院

この章は、冒頭、大ベストセラーの『薔薇の名前』の中から修道院の正面の扉の描写の引用から始まる。『薔薇の名前』は、出版当初から大ブームとなった。そしてさらにショーン・コネリーが主演しヒットした。

この修道院を訪れた主人公の修道士は、ここでさまざまな怪事件と出くわしその解明をはかる。そして、この本は、読者がそれを読み進めるうちに、修道士の生活、キリスト教会と文化の関係、正統と異端の教義の問題といった様々な知識を手に入れることができるように書かれている。これは、世界的な記号学者で中世美学史の専門家でもある著者エーコならではのものである。

この修道院の正面扉は、南フランスのモワサックのサン・ピエール修道院をモデルとしている。

エーコによるその正面扉の描写は延々と続くが、これは美学史学習プログラムでも導入されているディスクリプション(エクフラーシス) —- 見たイメージを文字で言い表すこと(視覚情報を文字に譲歩に置き換えること)—- であり、そのお手本と言ってもよい。

修道院の歴史と回廊

この修道院の歴史は古く、フランクの王、クローヴィスが槍を投げてささった場所に立てられたという伝説があるが、実際には、七世紀ごろベネディクトゥス修道会の修道院として建てられたと推定される。この修道院は寄進によって広大な農地を抱えるようになるが、イスラム勢力やヴァイキング、マジャール人などに襲撃され、一一世紀初めには無秩序な状態となった。そのため一〇四七年にクリュニー修道会の所属となる。その後、改めて戒律を遵守し、王や教皇、諸侯の支持をあつめ急速に拡大した。

モワサックは、聖地サンチャゴへの巡礼路上にあり、多くの巡礼者を迎える。そして、荒れ果てた修道院も解消が勧められ、教会堂が再建され、一一〇〇年には神聖な瞑想の場として回廊が完成している。

それから一三世紀のアルビジョワ十字軍、続いてペスト禍、百年戦争で被害を受け、修道院は一八世紀のフランス革命でその活動が止まってしまう。しかし冒頭の扉や回廊に並ぶレリーフなどはそのままに残っている。

フランスで最も美しいとされる回廊をゆっくりと歩き、片隅でしばし瞑想の真似事をすれば、不思議と心が洗われて穏やかな気持ちになるものだ。(抜粋)

関連図書:ウンベルト・エーコ (著)『薔薇の名前』[完全版] (上)(下)、東京創元社(海外文学セレクション)、2025年

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