『日本語のレトリック』 瀨戸賢一 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
同語反復法 意味をつなぎとめる(意味のレトリック2 意味を調整する)
「同語反復法(トートロジー)」は、同じことばを繰り返し、しかも無意味に陥らないという表現である。
著者はここで北村薫の『スキップ』の一節を引用している。
体育祭の仮装行列の準備で帰りが遅くなり、お腹がぺこぺこの「私」に母親がいった
「時間が時間だからね、おやつはなんか食べないでご飯にしなさい。」(抜粋)
という言葉。仮装行列の当日は雨で、早めに帰った「私」の部屋の様子、
「お天気がお天気だから、その中は暗い。」(抜粋)
ここで使われている「時間が時間だ」と「お天気がお天気だ」は同語反復法である。
さらに宮部みゆきの時代小説『初ものがたり』からもいくつの例を引用している。時代小説には型にはまった表現が多用されるが、この同語反復法もそれに一役買っている。
同語反復法の代表的な使い方は次に3つである。
- 「殺人は殺人だ」(あくまで許しがたい犯罪だ)・・・同一性の確認
- 「男の子は男の子だ」(多少の乱暴はしかたない)・・・諦め、もしくは寛容の精神を示す
- (さすがに)ベンツはベンツだ・・・・賞賛の気持ちを表す
この同語反復法による表現が必要となる理由は、ことばがときとともに変化するからである。ことばはゆっくりと変化し、ときに意図的に意味がねじ曲げられたり、ゴリ押しされたりする。そのような時、この同語反復法が使われる。
AはAです、勝手にBやCの意味で使ってもらっては困ります。Aの意味を自己流に流動させないでください!同語反復法は、意味の変化に歯止めをかけ、慣用的な意味を確認するという大切な役割を担っています。(抜粋)
関連図書:
北村薫(著)『スキップ』、新潮社(新潮文庫)、1995年
宮部みゆき(著)『初ものがたり』、新潮社(新潮文庫)、1999年
撞着法 反意語をぶつける(意味のレトリック2 意味を調整する)
「同語反復法」が同じ言葉を結び付ける表現であるが、「撞着法」は、反対の表現を結び付け、そして必ずしも矛盾とならないという用法である。
著者はここで、撞着法の例として、高田弘のエッセー「森のいのち」(『森物語』)を引用している。
この一節で樹木について「若いと同時に老いており」と「死んでいると同時に生きている」といっているが、この部分が撞着法である。そして、
この思いを森全体に広げて、「森もまた、老いと若さを、生と死を、豊かにはらんで、まるで一つの生きもののように生きている」と静かに述べています。(抜粋)
撞着法が成り立つのは、私たちが決して論理にのみ従って生きている存在では無いからである。ひとつの意味や思いは、決して単色でなく、その反対の色、つまり補色を下地にしていることがある。
さらに著者は、夏目漱石の『こころ』から引用をしている。「私」と友人のKは、お嬢さんを挟んで三角関係にあった。そして、Kが「私」がお嬢さんとの結婚の承諾を得たことを始めて知ったときの話である。
奥さんの言うことを総合して考えてみると、Kはこの最後の打撃を、最も落ち付いた驚きをもって迎えたらしいのです。Kはお嬢さんと私の間に結ばれた新しい関係について、最初はそうですかとただ一口言っただけだったそうである。(抜粋)
この部分の「最も落ち付いた驚き」が撞着法である。さらに著者は、Kはこの二日後に自殺を遂げる。そして同じ下宿に暮らす「私」がKの部屋に入った時の様子を引用している。
その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれとほぼ同じでした。私の目は彼の室の中を一目見るや否や、あたかもガラスで作った義眼のように、動く能力を失いました。私は棒立ちに立ちすくみました。それが疾風のごとく私を通過したあとで、私はまたああ失策ったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる生涯をものすごく照らしました。そして私はがたがたふるえだしたのです。(抜粋)
この『こころ』は、この部分以外でもレトリック技法の宝庫である。ここで「黒い光」に注目すると、「黒い」は、「暗い」に通じ、「光」は「明るい」に通じている。そしてこの「黒い」と「光」がぶつかって「黒い光」となり、それが「私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯をものすごく照らした」となっている。それは、当然「明るい未来」ではない。
このような表現に出会うと、一瞬変な気がするが、このような日常的な認識と矛盾した思いは私たちの中にもある。また、このような表現を文章で使うには練習が必要となる。
なんと、漱石はレトリックでもすごかったんですね!!
これはつまり、
「吾輩」もびっくりニャンのレトリック
ってことですよね!!(つくジー)
(「吾輩」については、ココ参照)
関連図書:
高田弘(著)『森物語』、世界文化社、1991年
夏目漱石(著)『こころ』、新潮社(新潮文庫)、1952年
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