南総里見八犬伝ーー迫力満点の戦闘シーン
山口 仲美 『日本語の古典』 より

Reading Journal 2nd

『日本語の古典』 山口 仲美 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

IV 庶民が楽しむ言葉の世界ーーー江戸時代29 南総里見八犬伝ーー迫力満点の戦闘シーン

著者がお気に入りの、江戸時代の辞書書言字考節用集しょげんじっこうせつようしゅう(槙島昭武、元禄一一年(一六九八))をめくっていると、「里見八犬士サトミノハッケンシ」が見出しとして載っていることに気がついた。列挙されている人物名も南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでんの登場人物とほぼ同じである。
実は曲亭馬琴きょくていばきんの『南総里見八犬伝』はこの辞書の記述が源泉である(濱田啓介『南総里見発見伝(三)解説』)。『書言字考節用集』は、ほかにも『北越雪譜』を書いた鈴木牧之すずきぼくしも大いに活用していて、全面的に江戸文芸作品をさせている(仲田祝夫・小林祥次郎書言字考節用集研究並びに索引』)。それでは読み始めよう。


余談ですが、著者がお気に入りの『書言字考節用集』には、江戸時代の鶏の鳴き声を「東天光トウテンクワウ」だったと書いてあるとのこと。「クックドゥドゥルドゥ」じゃないんだね!(つくジー)


『南総里見八犬伝』の舞台は、室町時代の末期。安房国あわのくに(今の千葉県の南部)に里見家の始祖となる義実よしざねがいた。その娘・伏姫ふせひめは飼い犬・八房やつふさの気を受けて身籠り、「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の八つの珠を宇宙に放って亡くなる。八つの珠は、十年後、八人の侍になって離散集合を繰り返しながら活躍し、最後は勢ぞろいして扇谷おうぎがやつ定正・山内顕定の両管領と足利成氏との連合軍を打ち破って里見家を復興するという筋立て。八人の侍は、それぞれひとつずつ珠を持ち、体のどここあに牡丹の形をしたあざがあります。(抜粋)

『南総里見八犬伝』では、人物の個性は余り描き込まれず、筋立てが優先されている。そこで読者を引き付けるのは八剣士の戦いの場面である。

一体、どんなふうに戦いの場面を描いているのか?ここで明らかにしたいテーマです。

「芳流閣の決闘」

「孝」の珠を持つ犬塚信乃しのは、預かっていた宝刀・村雨丸を返上するために足利成氏のもとに出向く。しかし、村雨丸は、網乾左母二郎あぼしさもじろうによって偽物にすりかえられていた。宝刀が偽物であったことに成氏が立腹し、信乃をスパイと見て召し取ろうとする。

信乃は、家臣を蹴散らし三層の芳流閣ほうりゅうかくの屋根の上に逃げた。そこで、成氏方にいた捕り物・拳法の達人の犬養見八けんはち(後の現八)が二層の軒まで忍び寄り、

むささびの、樹伝こつたふ如く」身軽に三層の屋根にのぼる。(抜粋)

そして、信乃と見八は、にらみ合う。

浮図ふと(=寺塔)の上なるかふ(=こうのとり)の巣を巨蛇をろちねらふに似たりけり」(抜粋)(●=穴冠に鬼)

芳流閣の外には大きな利根川があり逃げられず信乃は絶体絶命のピンチとなる。信乃は見八を見て思う、

膳臣巴提便かしはでのおみはてべが、虎のてうちにする勇ある。又富田三郎とみたさぶろうが、鹿角しかのつのを裂く力ある。(抜粋)

しかし、たとえそうであっても一人の敵だから刺し違えて死ねばよい。

見八は十手をひらめかして「とぶごとくに」に信乃に近づく、信乃は太刀を浴びせる。すると、見八は「発石はっし」と受けとめ払う。

火出るまで、寄せては返す、太刀音被声たちおとかけごえ両虎深山りょうこしんざんいどむとき、錚然しやうぜんとして(=鳴りひびく音を立てて)風おこり、二龍青潭にりゅうせいたんに戦ふ時、沛然はいぜんとして(=勢いよく)雲おこるも、かくぞありべき」。(抜粋)

信乃は、浅傷が次第に痛みだす。信乃はそれでも、

足場をはかりて、たゆまず去らず、たたみかけて」太刀をふるう。見八の方は信乃の

太刀を「右手みてうけながして、かへすこぶしにつけりつつ、「ヤッ」、とかけたる声と共に、眉間みけんのぞみはたうつ」。信乃は見八の「十手じってちょう受留うけと」。その拍子に「信乃がやいば鍔除つばきわより、折れてはるか飛失とびうせつ」。見八はチャンス到来。「見八「得たり」、無手むずと組む」。信乃はそのまま「左手ゆんで引著ひきつけ」る。互いに「利腕楚ききうでしかり、棙倒ねじたふさん、と曳声合ゑいごゑあはして(=掛け声を互いに発して)、もみもまるる。(抜粋)

そして、二人とも

踏辷ふみすべらせて、河辺のかたへ滾滾ころころと、身をまろばせし覆車ふくしゃ米苞たわら、坂より落すにことならず」(抜粋)

と利根川に落ちてしまった。二人は運よくとめてあった

小舟こぶねうちへ、うちかさなりつつだうおつれば、かたぶへり立浪たつなみに、ざんぶと音す水烔みづけぶり纜丁ともずなちやう張断はりきりて、射る矢の如き早河はやかわの、真中ただなか吐出はきいだされつ」。(抜粋)(●=上部が「水」、下部が「入」)

と流されてしまった。

決戦場面の描かれ方

このように決闘シーンでは、

  • 「ムササビが樹を伝うように」
  • 「飛ぶように」
  • 「コウノトリの巣をねらう大蛇」
  • 墨子、魯般などの中国の故事
  • 『日本書紀』の膳臣巴提便や『吾妻鑑』の富田三郎などの豪傑

などの喩えや比喩が使われている。さらに

発石はっしはたちょう無手むず滾滾ころころしかざんぶ(=上部が「水」、下部が「入」)

のような漢字表記された擬音語・擬態語が場面に迫真性を与える。この漢字の擬音語・擬態語は、馬琴の文語調の文章に俗語臭なく収まっている。


丁丁発止ちょうちょうはっしって言葉があるけど、こういうところからきているんですよね。(つくジー)


関連図書:
濱田啓介(著)『南総里見八犬伝(三)』、新潮社、2003年
仲田祝夫・小林祥次郎書言字考節用集研究並びに索引』、勉誠社、2006年

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