方丈記ーー見事なドキュメンタリー
山口 仲美 『日本語の古典』 より

Reading Journal 2nd

『日本語の古典』 山口 仲美 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

III 乱世を生きた人は語るーーー鎌倉・室町時代   15 方丈記ーー見事なドキュメンタリー

今日のところは『方丈記』 である。これは学校で習ったかなぁ~、どうだったけ?それはそれとして、著者はここで、すぐれたドキュメンタリーとはどういうものかについて考えたいとしている。っということで今回のテーマは「見事なドキュメンタリー」である。では、読み始めよう

『方丈記』の著者は有名な鴨長明である。彼は平家一門の盛衰の一部始終を目にした人でもある。そして、五三歳の時に方丈(三メートル四方)の庵を作って隠棲した。長明は、「安元の大火」「治承のおおつじかぜ」「福原への遷都」「養和の大飢饉」「元暦の大地震」と多くの大事件を体験している。

『方丈記』は、前半にこれらの大事件を記し、後半は方丈で過ごす日々のことを綴っている。この章では、前半の大事件の記録に焦点を当てていく。

『方丈記』にどのように記録されているか

鴨長明は、多くの大事件を経験したためか、『方丈記』の冒頭は

ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。・・・世の中のある人とすみかと、またかくのごとし(=河は涸れることなく、いつも流れている。そのくせ、水はものとの水ではない。・・・この世にある人間とその住居も、思えば、これと同じではないか)」。(抜粋)

と無常観が漂っている。

この『方丈記』は鴨長明が五七歳の時に書いたものである。そこには、それより三〇年以上前に起こった大事件を正確に鮮明に記録されている。
ここより著者は、どのように大事件を記録しているかを具体的に解説している。

事実を的確に

安元三年の大火災を長明はこのように記述している。

「吹きまよふ風にとかく移りゆく程に、扇をひろげたるがごとくすえひろに成りぬ。遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすらほのほに地に吹きつけたり。空には灰を吹き立てれば、火の光に映じて、あまねくくれないなる中に、風堪えず、吹き切られたる焔飛ぶがごとくして、一、二町を越えつつ移りゆく(=方向を定めず激しく吹く風によって、あちこちと燃え移るうちに、扇をひろげたように燃え広がっていた。火から離れた風下の家では煙にむせ、火に近い家々は天から焔がひたすら吹き付けてくる。空には灰が吹き上げられ、それに火の光が映えて空一面真っ赤になる。強風にもちこたえられず吹きちぎられた焔が、空を飛ぶようにして、一、二町も飛びこえ飛びこえして燃え移っていく)」。(抜粋)

長明はこのように、目の前で大火災が起こっているかのような性格でリアルな表現をしている。この表現の正確さは、中野孝次が『すらすら読める方丈記』で、自身が経験した空襲での大火災の実際と合致しているとして驚嘆している。さらに、火災で逃げる人の様子を、

その中に人うつし心あらむや。あるいは煙にむせびてたふし、或いは焔にまぐれてたちまち死ぬ。(=その焔の下にいる人々は、正気でいられようか。ある人は、煙にのどが詰まって倒れ横たわり、ある人は焔にめまいを起こしてたちまち死んでしまう)」。(抜粋)

と記述している。

ここで、鴨長明は誇張をせず、さらに自身の心情もまったく書かずに、ただ事実だけをつい重ね、大火災の様子を再現することに精力を尽くしている。

的確な比喩

次に著者は、辻風の部分を引用している。

「家のうちの資財、数をつくして空にあり、はだふきいたのたぐい、冬の木の葉の風に乱るるが如し。ちりを煙のごとく吹きたてれば、すべて目も見えず。おびただしく鳴りとよむほどに、もの言ふ声もきこえず。かの地獄のごうの風なりとも、かばかりにこそはとぞおぼゆる。(=家財道具は無数に空に浮いている。檜皮や葺板なんかは冬の枯葉が風に舞い乱れるようだ。地面から塵の猛烈に吹き立てられるのが、まるで煙のようで、まったく目もあけられていない。あたりにごうごうとすごい音がしているので、人の声など聞き取れない。あの地獄の業風といえども、これほどひどくはあるまいと思われた)」。(抜粋)

ここでは、「冬の木葉の風に乱るるが如し」や、塵が「煙のごとく」など、的確な比喩により状況を鮮明に描いている。さらに著者は、大飢饉で人々が窮迫していくようすの「しょうすいの魚のたとえにかなへり」や大地震の「地の動き、家をやぶるる音、いかづちに異ならず」などの比喩を紹介している。

当時の『ぎょくよう』『ひゃくれんしょう』などの文献にも、これらの大事件は記録されています。でも、迫力と正確さにかけて『方丈記』をの右にでるものはありません。(抜粋)

『平家物語』との違い

『方丈記』と『平家物語』を比べると『方丈記』がいかに写実的であったかわかる。
『平家物語』には『方丈記』を参考にしたと思われる箇所があるが、どれも事実を誇張して、読者に訴える方法を取っている。

著者はここで『平家物語』巻一の「内裏炎上」の部分を『方丈記』と比べている。

  • 飛び火の距離
    • 『平家物語』:「三町五町(約三〇〇~五〇〇メートル)」
    • 『方丈記』:「一、二町(約一〇〇~二〇〇メートル)」
  • 死者数
    • 『平家物語』:「数百人」
    • 『方丈記』:「男女死ぬるもの数十人

最後に著者はこのように言ってこの章を終えている。

長明さんは、記憶力に恵まれ、感情をさしはさまずに事実だけを的確に映し出す方法で、三〇年前の出来事をあたかも目の前で起こっているかのように書き記した。他の追随を許さないほど、優れたドキュメントの書き手だったんですね。長明さんは。(抜粋)

関連図書:中野孝次(著)『すらすら読める方丈記』、講談社(講談社文庫)、2012年

コメント

タイトルとURLをコピーしました