歩く / 現場感覚をきたえる
辰濃和男 『文章のみがき方』 より

Reading Journal 2nd

『文章のみがき方』 辰濃和男 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

I 基本的なことを、いくつか 5 歩く

「暇があったら歩くにしくはない。歩け歩けと思って、私はてくてくぶらぶらのそのそといろいろに歩き廻るのである」「裏町を行こう、横道を歩もう」(永井荷風)(抜粋)

このように、東京の「市中散歩」を続けた永井荷風の名作『日和下駄』(一九一五年)により、すでに消えてしまったかつての東京の風情を訪ねることができる。しかし、荷風は、目的を持って歩くのではなく、ひそかな喜びのために歩いたのである。

さらに著者は、もう一人、池波正太郎を例に出し、さらに散歩について語る。池波は、夜ふけから朝にかけて仕事をし、正午近くに起きて散歩に行くことを日課にしていた。その散歩のときは、仕事のことが頭を占領していて、歩いているうちに次から次へと書くことが浮かぶ。しかし、池波は仕事ぬきの散歩「ふらふら散歩」も好きであった。何も考えずに、たのしみながら散歩すると不思議に元気が湧いてくるのである。

仕事を捨てきれない散歩もあれば、仕事を捨ててぶらぶら歩くもあります。
私たちの日常の散歩は、おおむね、この二つの型の混合形態ではないでしょうか。(抜粋)

著者も、原稿に詰まった時、机から離れ歩くことがある。そうしてから、部屋に戻ると不思議に、筆が軽くなる。

身体運動によって体の中のとどこおりがほぐれ、脳の細胞に元気がもどるからでしょうか。(抜粋)

また、著者は、歩いている時に見たり、聞いたり、香ってきたもの、味わったものが、それがいつか文章に現れるとしている。そして、そのことを作家の宮部ゆきこの話によって補強している。

そして、著者は最後に歩くことの効用を次にようにまとめている。

  1. 歩くことは、世の中の新しいにおい、時代の空気を教えてくれる。歩くことで、なまなましい現実の姿を目にし、耳にし、文章を書く素材を得ることができます。
  2. 書くことに苦しんでいるとき、歩くことでアタマがすっきりとして、机の前に戻ったとき、筆がなめれらかに働くことがあります。
  3. アタマをからっぽにして歩いていると、これは、という思いつきがふっと浮かぶことがあります。その思いつきを大事にしましょう。
  4. ただひたすら歩くことをたのしむ、という機会を多くもちたい。そういう歩きかたこそが、私たちの心身に精気をもたらしてくれるのだと思います。

関連図書:
永井荷風(著)『ちくま日本文学全集・永井荷風』、筑摩書房、1992年
池波正太郎(著)『男のリズム』、角川書店(角川文庫)、2006年
宮部みゆき・室井滋(著)『チチンプイプイ』、文藝春秋(文春文庫)、2002年
朝日新聞文藝編集部(編)『まるごと宮部美幸』、朝日新聞社(朝日文庫)、2004年

I 基本的なことを、いくつか 6 現場感覚をきたえる

「どういうつもりで物を書いたりしているのだ、と詰問されれば、どうしてもそこに自分で行ってみたくて、とこたえるしかない」
「私は自分で歩いて自分で見て、自分で触ったものだけを書いていたい」(江國香織)(抜粋)

まず、著者はここでいう「現場」は、普通の意味での現場ではなく「自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の体で触れて、自分で匂いを感じて、自分で味わって・・・・そういう五感の営みをつづけることのできる場」をすべて「現場」であるとしている。
そして、その現場は、文章の無尽蔵の穀倉であると言っている。

著者は、現場の空気がただよう文章を、「現場感のある文章」として、江國香織の文章や、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』、さらには開高健の戦時下のベトナムを舞台にした『輝ける闇』を引用して、具体的に解説している。

最後に著者は、現場を書くうえで大切なこと、として以下の4点を挙げている。

  1. 視覚だけでなく、嗅覚、聴覚、触覚、味覚などの全感覚を鋭く働かせて書く。
  2. 現場での「驚き」が伝わってくるような文章を書きたい。ただ、その思いが強すぎて、過大な表現になってはいけない。
  3. 精密な描写を心がける。開高健の処刑の描写はあまりにも細密すぎて目をそむけたくなりますが、それこそが戦争の現場なのです。
  4. 現場では、人の見えないものを見る努力をすること。

関連図書:
江國香織(著)『泣かない子供』大和書房、1996年
江國香織(著)『泣く大人』世界文化社、2001年
江國香織(著)『冷静と情熱のあいだ』角川書店(角川文庫)、2001年
レイチェル・カーソン(著)『センス・オブ・ワンダー』新潮社、1996年
開高健(著)『輝ける闇』新潮社(新潮文庫)、1982年

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