(初出:2008-06-16)
「中国の五大小説」(上) 井波律子 著
『三国志演義』の巻ーーー興亡の歴史と物語の誕生 一 「三」で結ばれた世界の始まり――桃園結義
『三国志演義』は後漢末の「黄巾の乱」よりはじまる。そしてその第一回で中心人物である劉備・関羽・張飛の三人が登場する。
この『演義』は始終史実を背景としている。その史実は、陳寿の著した正史『三国志』そこに付された裴松之の注、史実に脚色を加えた魏晋の名士のエピソード集『世説新語』、司馬光の『資治通鑑』である。『演義』は、「三国志語り」を十四世紀中頃に羅貫中がまとめて著したものである。
実際の歴史のなかで起こったできごとと、民衆がながく楽しんできた荒唐無稽な語り物。この二つの要素がみごとに融合したところに、白話長編小説『三国志演義』の魅力はあるのです。(抜粋)
物語は、黄巾軍が涿県に迫り義勇軍を募る立札が出されたとき、劉備・関羽・張飛が出会い互いに桃園で契りをかわして義兄弟となり、軍団を募るところから始まる。
ここで三人はタイプの違った超人に描かれえいる。劉備はひたすら「君主たるべき人」として描かれている。関羽も劉備に負けないくらいに常人離れした神秘性を与えられている。長いひげがトレードマークであり「美髯公」という別名もある。それに対して張飛はたぐいまれな武力を持つが神秘性はなく、神格化された劉備、関羽に対して人間代表を演じ、物語世界を揺らす道化者・トリックスターである。
この三人がとりあえず近隣の若者を集めて軍団を作るが、にわか仕立てで、よい馬もないと思案していると、都合よく融資をしてくれる商人が現れた。あまりに都合がよい話であるが、これは正史にも出てくる事実である。そして、この金を使い関羽は「青龍偃月刀」、張飛は「点鋼矛」という武器を仕立てる。
これから劉備は二十年ばかり確固たる本拠地もなく負け続け逃げつづける。演義の世界では劉備は何事にも積極性を欠いた人物として描かれていて、物語の中枢にいながらも影が薄い。劉備は現実には乱世を勝ち残った人物であるからこのようにヤワであったはずはないが、演義の世界では史実を曲げてまで劉備を仁愛に満ちた人物として描いている。三国志は魏・蜀・呉の三国の物語であり、中心人物も劉備・関羽・張飛の三人で「三」という数字が重要な働きをしている。
いずれにしても、劉備が動かざる「虚なる中心」として磁場を作っているからこそ、周りをかためる部将の働きがより豊かになり、物語が面白く織りなされていくといえるでしょう。(抜粋)
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