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身延山の暮らし(その2)
松尾剛次 『日蓮 「闘う仏教者」の実像』 より

『撰時抄』は、時の観点から『法華経』のエッセンス「妙法蓮華経」「南無妙法蓮華経」を流布することについて書かれている。『報恩抄』は、日蓮の師である道善房の死を弔うために書かれた。また、それは『三大秘宝抄』に繋がる書である。:『日蓮 「闘う仏教者」の実像』より 
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風土記ーータブーと地名由来
山口 仲美 『日本語の古典』 より

『風土記』は、当時の伝説についての重要な記録となっている。そこには地名の由来や各地の伝説が書かれていて、地名の由来には、天皇や皇后の行為や発言から解かれているものが多い。そして、伝説は各地のタブーによるものが多く収録されている。:『日本語の古典』より  
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その間に東欧で起こったこと
エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』 より

三十年戦争後、東欧ではドイツ皇帝はハンガリーから助けを求めらてたトルコと闘いギリギリのところでウィーンを守った。ロシアではイワン雷帝のピュートル大帝が現れた。さらにスウェーデンのカルル十二世によるヨーロパ遠征もあった。:『若い読者のための世界史』より 
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身延山の暮らし(その1)
松尾剛次 『日蓮 「闘う仏教者」の実像』 より

日蓮は二年半の佐渡配流を解かれ鎌倉に返る。しかしこのまま鎌倉で活動を続けるとまた配流される危険があるため、身延山に居を移した。身延山の日蓮の元に文永の役の知らせが届く。日蓮は次の蒙古来週では日本は敗れると確信する:『日蓮 「闘う仏教者」の実像』より 
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日本書紀ーーリアルな歴史叙述
山口 仲美 『日本語の古典』 より

『日本書紀』は純粋な漢文で書かれた無味乾燥な歴史書であると考えられているが、実はその中に実には、大化の改新の場面のように、実にリアルな場面描写がある。そのようなリアルな描写には「場所に居合わせた人」の関与があると考えられる:『日本語の古典』より  
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不幸な王としあわせな王
エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』 より

三十年戦争の後、2人の王がいた。不幸なイギリスのチャールズ一世は、マグナ・カルタを破ったため捉えられ死刑になってしまった。幸福な王ルイ十四世は、70年を超える統治を、まるで劇場の舞台のように過ごし、フランスを支配した。:『若い読者のための世界史』より 
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佐渡への配流(その3)
松尾剛次 『日蓮 「闘う仏教者」の実像』 より

日蓮は佐渡で『開目抄』の次に『勧心本尊抄』を書いた。この書は、日本は五五百歳に入ったとし、その時、釈尊より布教を委託された地涌の菩薩が出現し「妙法蓮華経」の五字を弘通するとした。また、題目の唱題により一切の功徳を得るとした:『日蓮 「闘う仏教者」の実像』より 
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古事記ーー言葉が生む悲劇
山口 仲美 『日本語の古典』 より

『古事記』の時代は、まだ「ことば」が霊力を持つ時代であった。ヤマトタケルノミコトは、父の命令を勇敢に遂行し、日本の平定に導いたが、「言葉」を間違えて使ったために、命を失ってしまった。「ことば」とはそれほど重い意味を持っていた。:『日本語の古典』より  
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おぞましい時代
エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』 より

1681年プロテスタントとカトリックの間で30年も続く戦争が起こった。しかしその戦争は戦争と呼べるものでなく、集められた傭兵が暴行と略奪を行うだけの大量虐殺であった。戦争終結後のドイツの国土は荒廃し人口の約半分が亡くなった。:『若い読者のための世界史』より 
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佐渡への配流(その2)
松尾剛次 『日蓮 「闘う仏教者」の実像』 より

日蓮は『開目抄』で『法華経』が独勝であることを唱えている。そして日蓮は自分が『法華経』の行者であることを確認する。さらに「私は日本国の柱となろう。私は日本国の眼目になろう。私は日本国の大船になろう。」という三大誓願を起こす。:『日蓮 「闘う仏教者」の実像』より