Reading Journal 2nd

Reading Journal 2nd

嘆く孔子 — 孔子の素顔(その4)
井波 律子 『論語入門』より

不屈の精神を持っていた孔子であるが、時として深い絶望感にとらわれることもあった。今日のところ“その4”では、そんな孔子の嘆きがわかる条である
Reading Journal 2nd

僧侶の妻帯 — 日本仏教と戒律(その1)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

日本では僧侶も妻帯し寺院は世襲されている。これはいかにも日本仏教が戒を守らず堕落しているかのような印象をあたえがちである。しかし、この僧侶の妻帯により寺院は世襲され、地域社会で安定的に持続可能となり、社会参加仏教の基礎をつくっている。:『日本仏教再入門』より
Reading Journal 2nd

改憲の発議要件を緩和することの意味 — 憲法改正の手続き(前半)
長谷部 恭男 『憲法とは何か』より

憲法の改正は、衆参両院で三分の二の特別多数決により発議される。ここで特別過半数が必要な理由としては、少数者の権利の保障など単純過半数では間違った結論を下しがちなこと、憲法のような基本原理は正しいという蓋然性が高い必要があるなどである。:『憲法とは何か』より 
Reading Journal 2nd

激する孔子 — 孔子の素顔(その3)
井波 律子 『論語入門』より

孔子は時、理不尽なもの、許しがたい事がらにたいしては、色気ばみ、断固として拒否した。ここでは、そんな孔子の激しい一面が現れている条が紹介されている。:『論語入門』より 
Reading Journal 2nd

オデュッセイアのなかのオデュッセイア(前半)
イタノ・カルヴァーノ 『なぜ古典を読むのか』より

オデュッセイアの中にはいくつものオデュッセイアがある。重層的に語られているなかでオデュッセウスは、帰還の旅をつづける。そして、そこには常に、忘却の危険が付きまとう。この帰還の物語は、終わっていない、すでに現実になる以前に存在する。:『なぜ古典を読むのか』より
Reading Journal 2nd

昭和初期から戦後、現代までの仏教の社会活動 — 社会活動する仏教(その3)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

昭和初期、仏教界の社会サービス型の活動が盛んになる。しかし、しだいに戦争協力に向かっていった。戦後、政教分離と福祉が国の役目になったため仏教社会事業のプレゼンスは下がるが、近年の社会福祉構造改革により、またその機運が高まっている。:『日本仏教再入門』より
Reading Journal 2nd

憲法とそれ以外の法 — 憲法法典の変化と憲法の変化(その3)
長谷部 恭男 『憲法とは何か』より

憲法は、憲法典を素材に法律の専門家が紡ぎ出した慣行の集まりであり、テクストを変えたからと言って、必ずしも憲法が変わるわけではない。また、憲法典を変える場合は、それによって、どの程度「憲法」が変わるかを専門家に聞く必要がある。:『憲法とは何か』より 
Reading Journal 2nd

不屈の精神 — 孔子の素顔(その2)
井波 律子 『論語入門』より

孔子は、不屈の精神を持っていた。それは、自分自身が周の文化を受け継ぐ者という強い自負心に裏打ちされていた。その不屈の精神で孔子は逆境の時もそれをはねつけ理想を追い求めた。:『論語入門』より 
Reading Journal 2nd

大正期の仏教の社会活動 — 社会活動する仏教(その2)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

大正期には不況などから国民の不満がました。このような状況で仏教社会事業が起こる。もっとも活発だったのが渡辺海旭を中心とした浄土宗社会派の人たちだった。また政治的行動主義の動きとして、仏教徒の参政権運動がある。:『日本仏教再入門』より
Reading Journal 2nd

規範の「慣行的理解」 — 憲法法典の変化と憲法の変化(その2)
長谷部 恭男 『憲法とは何か』より

H・L・A・ハートは規範の「慣行的理解」という考え方を主張している。これによると、通常の法律は一次レベルの規範となる。近代国家が発達するとその規範を判断する憲法などの2次レベルの規範が現れ、それは3次レベルの規範として憲法改正の条文が必要となる。:『憲法とは何か』より