思いの深さを大切にする / 渾身の力で取り組む
辰濃和男 『文章のみがき方』 より

Reading Journal 2nd

『文章のみがき方』 辰濃和男 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

IV 文章修行のために 9 思いの深さを大切にする

「名文はわれわれに対し、その文章の筆者の、そのときにおける精神の充実を送り届ける。それは気概であり、緊張であり、風格であり、豊かさである。われわれはそれに包まれながら、それを受取り、それを自分のものとする」(丸谷才一)(抜粋)

数ある名文論のなかで、著者が心に残っているのは、この丸谷才一の名文論であると言っている。そしてその名文論は、次のように続く。

「われわれはおのづから彼の精神の充実を感じ取って、筆者が文章を書くことを信じてゐる信じ方に感銘を受け、やがて自分もまた文章を書くことの意義と有用性とを信じるのだ。これこそ名文の最大の功徳にほからならい」(抜粋)

さらに丸谷才一は、名文であるかないかは、

「君が読んで感心すればそれが名文である」(抜粋)

としている。

琉球舞踊の名手である佐藤太佳子たかこは「思いの深さと踊りの深さは繋がっています」と言っている。文章も同じように思いの深さはおのずから文章ににじみ出てくる。

この文章の思いの深さの例として、著者は朝日新聞の「ひととき」欄に載った、ある農家のお母さんの文章を引用している。この文章は、著者が実にいい文章だと思い切り抜いておいたものである。そしてその思いの深さと文章の関係について次のように言っている。

大切なものは技でない、心だ、と思わせるものがこの文章から伝わってくる。思いの深さがすなおに言葉になっています。(抜粋)

その後、『野火』から多くの引用をした後に、

対象を突き放す厳しさと、包み込む温かさと、なんとしてもその現場を後世の人に伝えたいという志と、その三つの思いの深さが溶け合ったとき、人の心に響く言葉が生れるということを、私はこの作品で学びました。(抜粋)

関連図書:
丸谷才一(著)『文章読本』、中央公論新社(中公文庫)、1980年
大岡昇平(著)『野火・ハムレット日記』、岩波書店(岩波文庫)、1988年

IV 文章修行のために 10 渾身の力で取り組む

「文章はいつも、水をかぶって、坐りなおしてはじめる覚悟でいたい」(串田孫一)(抜粋)

『文章のみがき方』最終節は、「渾身の力で取り組む」である。著者は冒頭の串田孫一の言葉を読んだとき、昨今の我が身を省みたと言っている。

この渾身の力は、瞬発性のものだけでなく、持続性のものである。このことを著者はアメリカのジャズピアニスト、ハンク・ジョーンズのインタビュー記事から説明している。

九十歳近くになっても、一日二、三時間はピアノに向かう、という根気は、これはもう、尋常な持続力をはるかに超えています。(抜粋)

そして、これは文章の世界でも同じである。

渾身の力で書く。
そして、肩の力を抜いて書く。
その二つをどう融合させるか。矛盾するようで、これは決して矛盾するものではありません。(抜粋)

関連図書:
串田孫一(著)「串田孫一の日記」『串田孫一集(八)』、筑摩書房、1998年
石垣りん(著)『石垣りん詩集』、角川春樹事務所(ハルキ文庫)、1998年
江國滋(著)「名文に毒あり」、週刊朝日編『私の文章修行』、朝日新聞社、1979年
幸田文(著)『父・こんなこと』、新潮社(新潮文庫)、1956年

[完了] 全20回

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