『日本語の古典』 山口 仲美 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
IV 庶民が楽しむ言葉の世界ーーー江戸時代 30 好色梅児誉美ーー心をゆさぶるエロチシズム
『春色梅児誉美』は、天保三年(一八三二)から四年(一八三三)にかえて刊行された大ベストセラーである。作者の為永春水は、女性向けに執筆したが、これが若い男性も引きつけた。
一体何が若者を虜にしたのか?これがここでのテーマです。(抜粋)
それでは、読み始めよう。
『春色梅児誉美』の主人公は「丹次郎」。彼は吉原の遊女屋・唐琴屋の養子だったが、番頭・鬼兵衛の悪だくみで多額の借金を背負い隠遁生活をしていた。彼は、芸者の米八、許嫁だったお長、芸者の仇吉らと恋仲になり、三人は丹次郎のために貢ぐ(お長の貢ぐために女義太夫になる)。三人の女たちは、丹次郎をめぐって嫉妬しあい、競い合う。その後、丹次郎は、畠山家の家老・榛沢六郎のご落胤であることがわかり、お長も、それに各が釣り合う本田家のご落胤であることがわかり、二人は夫婦となる。最終的には、悪人はすべて滅び、物語は、めでたく終わる。
丹次郎と米八
物語は、心労で体を壊している丹次郎のところに、芸者の米八が訪ねてくるところで始まる。丹次郎が髪を整えている時、米八が男の襟元にはらはらと涙を落とす。
主「米八、なぜ泣く」 よね「それだっても」 主「それだってもどうした」 よね「おまはん、まあ、なぜこんなにはかねえ身のうえにならしったらうねえ」と男の肩にとりすがり泣く。男は振り向き、米八が手を取り引き寄せ 主「堪忍して呉なよ」 よね「なぜ謝るのだえ」 主「てめえにまで悲しい思ひをさせるから」 よね「ええもうおまはんは私をそう思ってお呉なさるのかえ」 主「かわいさうに」と抱き寄せれば、米八はあどけなく病人の膝へ寄り添ふひ、顔を見て、 よね「真に嬉しいよ。どうぞ」 主「どうぞとは」 よね「かうしていつ迄も居たいねえ」と言えば、男もつくづくと見れば思へば美しき姿にうっかり 主「ああ、じれってえのう」とひったり寄り添ふ。 よね「ああれ、くすぐったいよ」 主「ほい、堪忍しな」と横に倒れる。此ときはるか観世音の巳の鐘ぼおんぼおん。(抜粋)
この文章は、丁寧は会話文で男女のセリフも描き分けられている、そのため現代人が読んでも注釈なしにほとんど通じる。
男女のセリフの描き分けは、女性のセリフの文末には「ねえ」「え」「よ」などをつかい柔らかな言い回しにし、男性のセリフには、「泣く」「どうした」「しな」などの、終止形や命令形あるじは「から」などと言いきらずにぶっきらぼうなものが多い。
丹次郎とお長
この米八との関係よりも、一層きわどく甘い場面になるのが、お長と丹次郎の濡れ場である。米八との間を嫉妬して、お長は自分も少しもかまってくれないと丹次郎に甘える。
丹次郎は「「どれどれ、さあ是からうるさい程かまって上やう。逃るときかないよ」と引寄て横抱膝の上にのせ、「さあ、お長や、乳飲んで寝んねしなよ」と笑ひながら、顔と顔。「あれ、くすぐったいよ」と言ふこえも、忍ぶ色の本調子」。(抜粋)
その後、お長も丹次郎に貢ぐために義太夫となる。茶会が催され丹次郎は米八の三味線持ちとして離れの庵に控えている。そこにお長が駆け込んできて、丹次郎が米八についてきたことに嫉妬をする。
丹次郎はお長こそ自分の思い続けている人だと訴えると、お長は言う。「おやおや啌ばっかり。兄さんが忘れるひまのないと言ふは、米八つぁんのことさ」といひながら丹次郎が脇の下をこそぐる。「あれさ、何をする。くすぐったいわな。よしやよ。」「どれ、おめえもくすぐるよ」と横に抱きにせしお長が袖から手を入れて、乳をこそぐれば、「ああれくすぐったいわよ」と言ひんがら顔をあかくして丹次郎が顔をじっとみつめてゐる」。(抜粋)
その後、お長が茶会で落語をやった遊蝶が素敵だというと丹次郎が嫉妬して、
「「いつか情通してでもいやあしねえか」「いやだよ兄さん、其位なら此様に苦労をばいたさないよ。にくらしい」「おいらは又かわいらしい。どれ、遊蝶に惚たか惚れねえか証古を見やう」としっかり寄り添ひ、横に倒れる。「あれまあ、お放し」と言ひながら振り向いて障子をあけ、はるか座敷を伺ひて、亦もや障子をぴしゃりとたてきる中の恋の山、つもりつもりし憂ことをかたる心の奥庭とは、たれも気のつく人もなく、彼人々もここまで尋ねこぬこそ幸也けり」。(抜粋)
しかし『春色梅児誉美』では、ここまでで場面が終わり、情交場面そのものは、具体的に描かれていない。それは、これ以上描くと品が落ちるからである。
著者はこの一線を、鈴木春信などが始めた「あぶない絵」といわゆる「春画」との違いに例えて説明している。
生き生きした江戸語
『春色梅児誉美』の魅力は、生き生きとした江戸語の会話にある。男女の言葉遣いの外にも、職業による言葉遣いがみごとに描かれている。
「ああ座敷ざんすよ」、「本間(=座敷)へお入りなんしなえ」などの「ざんす」「なんす」は吉原の遊女独特の言葉。
「何でございますえ」「おいらんが腹をおたちなさることだからよくよくなことでございませう」などの「ございます」「なさる」は、お長などの素人娘の言葉。
『春色梅児誉美』の評価
『春色梅児誉美』は、
- 官能的な恋愛模写
- 生き生きとした江戸語の会話
が魅力となって売れに売れた。この後に『春色辰巳園』『春色恵の花』などの春色シリーズが刊本される。しかし、天保の改革でこれらは淫書と見なされ春水は手鎖五十日の刑を受けてしまう。そのため「悪評の中に埋まって今日に至っている」(中村幸彦)状態である。
でも、『春色梅児誉美』は、明治期に入って硯友社文学の写実的風俗小説を生み出し、岡鬼太郎・永井荷風・広津柳浪などの作家たちにも影響を与えています。普通の人間を対象にし、身近に起こる恋愛事件を描き、登場人物の心理も誰でも思い当たる無理のない自然なものです。登場する女性たちも、時代の制約を受けてはいますが、自分の意志で行動しており、意外に新しい。そのうえ、江戸後期の言葉をたくみに映し出している。ぜひとも、読みたい作品です。(抜粋)
エピローグ
この本を書くうえで著者が極力心掛けたことは、自分の読書経験を生かすことであるとしている。
自分で、初心にかえって作品そのものに向き合ったときに感じたことを大切にし、それを研究で培った分析力を使って説得性を持たせる。そういう本が、最も自分の個性が出る本になる。そう思えたからです。(抜粋)
そして次のような使命感もあったとしている。
グローバル化のなかで日本が世界に寄与できるのは、自分たちが築いてきた文化を認識し発信していく時です。そのことを日本人自身に気づいてもらいたい。そのために本を書かねば。こんな使命感が、挫折しそうになる私を鼓舞してくれました。(抜粋)
[完了] 全31回
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