うつほ物語ーー理想の男性を造型する
山口 仲美 『日本語の古典』 より

Reading Journal 2nd

『日本語の古典』 山口 仲美 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

II 貴族文化の花が咲くーーー平安時代
   6 うつほ物語ーー理想の男性を造型する

平安時代の第三番目、『うつほ物語』である。『源氏物語』以前の長編小説で、『源氏物語』にも大きな影響を与えていて、著者は

『うつほ物語』がなかったら、『源氏物語』の誕生していなかった。そう言っても過言ではないほど、『源氏物語』に大きな影響を与えています。(抜粋)

と書いている。今回のテーマは「理想の男を造形する」である。では、読み始めよう。


『うつほ物語』は、二〇巻からなる長編小説である。『源氏物語』の場面、人物・構想などの原型を幾つも『うつほ物語』に求めることができる。

『うつほ物語』は、最初から長編を意図したわけでなく、「としかげ」「藤原の君」「ただこそ」「春日詣」「嵯峨の院」「ふきあげ」などの短編を合成し、増大発展させて長編としている。そのため、長編の物語とみると、テーマが揺れているように見える。中でも次の二つのテーマが共存している。

  • きん(現在のことではない)の秘儀継承という芸道の問題
  • 皇位継承などの政治問題
作者が描きたかった人物は、主人公・なかただを通してかなり鮮明に浮かび上がってきます。それは、どんな人物なのか? ここで明らかにしたい事柄です。(抜粋)

著者は、このように言っていて、これが今回のテーマ「理想の男を造形する」につながる。

ここから、『うつほ物語』を言葉との関わり合いを意識しながら、解説されている。

物語の始まりは、としかげという学芸に優れた男性の中国派遣である。俊陰の船は難破しこく(今のスマトラ)にたどり着く。そこで天女から琴の秘伝を伝授されて帰国する。彼は琴の奥義を一人娘に伝授し亡くなった。荒れ果てた娘の邸宅に一人の貴公子が立ち寄り、一夜の契りを結ぶ。そして主人公の仲忠が生れる。
貧乏な母子は、北山のうつに移り住む。母は仲忠に琴の伝授を行う。

ここで、北山に大勢の武士が陣取るという事件が起こる。その時、母は、幸・不幸が極まったら「なん」か「はし」を弾くようにとの父の遺言を思い出した。

母は、「なん風」を取り出し、引いた。「ひとこゑかき鳴らすに、大きなる山の木こぞれて倒れ、山逆さまに崩る。立ち囲めりしもののふ、崩るる山にうづもれて、多くの人、死ぬれば、山さながら静まりぬ。なほ明るくむまの時ばかりまで、ゆいごむを折りかへし弾く(=一声かき鳴らすと、山の大木はすべて倒れ、山は頂上から崩れ落ちる。空洞を取り囲んでいた武士たちは崩れた山に埋もれて、多くの人が死んだので、山はすっかり静かになった。母はなおも翌日の昼頃まで遺言の曲を繰り返し弾いていた)」。(抜粋)

そして琴の音に惹かれふじわらのかねまさが空洞にやってきた。彼こそが、母と人の契りを結んだ男だった。母子は兼雅の邸宅に移り、何不自由のない生活を送る。

政界の実力者・みなもとのまさよりにはあてみやという美しい娘がいた。仲忠をふくめ男たちは貴宮を得ようと猛烈にアプローチする。そして仲忠にみなもとのすずしというライバルが現れた。彼は仲忠に勝るとも劣らない琴の名手だった。彼らは天皇の前で琴の技を競い合う。

仲忠が「なん風」をちょっとかき鳴らすと、「天地ゆすりて響く(=天地を振動させて響くこと)」。涼が名琴を弾くと、その音色は雲の上から響き、地の底までとどろく。あたりがざわめき、小石ほどのひょうが降る。二人で琴の手を尽くして弾奏すると、「天人下りて舞ふ」。(抜粋)

二人の演奏はこのように素晴らしかったが、結局、貴宮は皇太子妃になってしまう。
しかし、仲忠は天皇の娘・女一宮を涼は貴宮の妹を賜った。仲忠は、女一宮と結婚するといぬみやという娘を授かった。

ここから話は、政治の話となっていく。
時が移り天皇が退位し、それに伴う皇太子争いが生じる。政界は、

  1. 源氏派:貴宮の息子
  2. 藤原派:仲忠の妹宮の皇子

と二つに分かれた。
仲忠は、難しい判断を迫られる。しかし、彼の妻は「源」系統の皇女である。

彼は権力欲の薄い人物であり、一番恐れたのは家庭不和から、藤原に有利になるような動きはしなかった。(抜粋)

結局、源氏系の貴宮の皇子が皇太子に決定した。

ここで、藤原側の后は、貴宮側に信じられない暴言を吐く。

すべてこのの子どもは、いかなるつびかつきたらむ。つきとつきぬるものは、みな吸ひつきて、大いなることのさまたげもしをり(=皆この正頼の家の娘たちどんな女陰がついているというのかしらね。女陰ついている者ときたら、みな男に吸い付いたように密着して大事なことの妨害をするんだから)」。(抜粋)

その後、仲忠は犬宮に琴の奥義を伝授する決意をし、母親に琴の伝授を依頼する。そして最後に天皇の前で母親、仲忠、犬宮の三代に継承された琴の音色が高らかに鳴り響いて、物語を終える。

最後に著者は、『うつほ物語』は、政争の話も琴の秘儀の継承の話もどちらも面白くどちらが主旋律なのかわからないが、しかし、作者が描きたかった主人公はっきりと浮かび上がってくるとしている。

主人公・仲忠は、権力の中枢にのし上がっていくぎらぎらした男性ではない。学芸に秀で、それを精神的支柱にして生きていく高雅な人物。とりわけ、琴の奥義をきわめ、その伝承に心血を注いでいる。そして、両親への孝行も尽くす。特に、母親を最後まで敬い、大切にしている。さらに、仲忠は、貴宮を得られなくても、それに長く拘泥することなく、理性的に対処する円満で完成された人格の持ち主。妻一人を大切にし、決して浮気をしない。作者は、こういう人物を造型しています。実は仲忠のような人物が平安貴族の女性たちの憧れの一つの典型だった!(抜粋)

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