『モチベーションの心理学 : 「やる気」と「意欲」のメカニズム』 鹿毛雅治 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第7章 場とシステム―環境説(その5)
4 「システム」としての環境(その1)
今日より第7章「環境説」の4節にはいる。ここまで、1節で「アメとムチ」、2節で「競争」、そして3節で「ほめ言葉」という「環境説」の3つのトピックスが解説された。ここより本節4節で「「システム」としての環境」、次節5節で「「場」としての環境」に移る。(本節は、非常に長いので4回に分けでまとめていく。)
まず著者は、イソップ物語の「北風と太陽」の話から始める。そして、モチベーションの環境説も「北風型」と「太陽型」の対称的な2つのアプローチに大別されるとしている。
- 北風型アプローチ・・・「尻を蹴とばせ型」の総称で、強引にやらせる仕方(「させる方法」)を指し、賞罰や競争がその典型である。
- 太陽型アプローチ・・・やる気や意欲を持ってほしいと願う人(たち)に対して、彼らの行為が自ずと生じるような環境を整えるというやり方である。
ここで、まずは「システム」という用語について解説される。著者は子どものお小遣いという簡単な例をあげたのち、次のようにシステムを定義している。
ここでいう「システム」とは、複数の要素(たとえば、子ども、渡し手、渡す条件、渡し方、金額)が、一定の決まりに従って相互に関連しあうように人為的にデザインされたパッケージ(総合体)を指し、それはいわば環境側の「しかけ」として機能し、特定の効果(子どものモチベーションの維持や変化)をもたらす。(抜粋)
ここで大切な点は、「システム」は、デザインする人の考え方に規定され、その考え方がモチベーションを左右するということである。
マグレガーは、マズローの欲求階層説を援用して、経営者の信念は、「X理論」と「Y理論」に大別されると論じた。
- 「X理論」:人間は元来怠けもので、けしかけられない限り働かない(北風)
- 「Y理論」:人間は自己実現へ向けて能動性や積極性を発揮する存在(太陽)
ポイントはX理論かY理論かという経営者の信念(人間観)の違いが対照的な環境システムをつくりだすという点にある。(抜粋)
マグレガーは、X理論は狭隘な考え方としている。それは自尊や自己実現への欲求といった情事の欲求を満たそうとする人間性にそぐわないためである。そして、そもそもX理論の信奉者は、「コントロール」という概念を誤解していると主張した。マグレガーは、
コントロールとは、自然法則に沿ってそれに従うように調整することだというのだ。同様にモチベーションについても、人としての自然な性質(つまり、人間性)に環境を併せることこそが重要であり、そもそも人に何かをさせること自体が不自然なのだと主張したのである。(抜粋)
そして、マグレガーは、「人間性」に適うY理論こそが人材マネジメントの新理論だとした。
しかし、問題はそれほど単純ではない。アージリスは、「組織」と「人間性」は本質的に折り合わず、対立したり相互にずれが生じたりすることは不可避であると指摘した。そして、そのジレンマを直視し両者が折り合いのつく最大限の融和に向けた解決策をとることが重要だとした。
「組織運営の主体は人間だと認めた瞬間に、その組織の管理者が受け入れるべき基本的な事実」があるとアージリスはいう。人には生まれつき自己実現に向けて成長したいという欲求があって、その人のパーソナリティは個人の総体として、(つまり、「まるごと」)発達する。そのような人間的な成長に関する「事実」をまずは認めるべきだと、彼は主張した。(抜粋)
まず人間は未熟な状態から成熟した状態へ成長したい欲求があるとして、そのプロセスの特徴を、
- 受動的な状態から自発的な状態になる
- 依存する状態から独立した状態になる
- ごく少数の行動ができる状態から、より多様な行動ができるようになる
- 不安定で浅薄な興味しか持てない状態から深い興味がもてるようになる
- 現在に規定される短期的な展望しか持てない状態から、過去と未来を踏まえた長期的な展望が持てるようになる
- 従属的な立場にとどまる状態から、他者と同等、あるいはより上位の立場を求めるようになる
- 自意識が欠如した状態から、自分を自覚しセルフ・コントロールする状態へと発達する
の7つとしている。
その一方で、アージリスは、組織は「合理性」を本質とする原理で動いているとしている。その基本原理は
- 仕事を分類し、専門化する(専門化)
- 上意下達(命令の連鎖)
- 秩序を保つために指導者一人にコントロールの権限が委ねられる(指揮の統一)
- 一人で管理できる範囲を制限する(コントロールの範囲)
であるとした。
そして、人と組織の不調和はこのようなそれぞれに備わっている性質に折り合いがつかないところで生じるとした。
この組織の原理は、管理する側だけでなく管理される側にも影響を及ぼす。組織のでは、人はその環境に「順応」(外部環境である組織とメンバーである個人との間で、心理的バランスが取れている状態)する。組織と自分との間で折り合いをつけるために防衛的な反応や回避行動などをとる。いずれにせよ組織化では、一人ひとりの自己実現は無視されることになる。
アージリスはこの「順応」を個人の内部の精神状態のバランスがとれている「調和」と区別する。そして、個人と環境間にバランスが保たれた「順応」と、個人の内部矛盾のない「調和」とが、ともに維持されている「統合」の状態こそが望ましいと主張したのである。(抜粋)
このことを踏まえ、アージリスは仕事そのものの喜びこそが最も強いモチベーター(動機づけ要因)であると考えた。そしてエンパワメント(一人ひとりに力を与えて潜在的な可能性を発揮させること)の重要性と人と組織の融合の必要性を説き、組織に対しては、職務の順守を第一に考えて行動するような取り組み(外因的コミットメント)ではなく、本人のやる気や自発性に基づく取り組み(内因的コミットメント)を求めた。
また、アージリスは、人間性は成長への傾向性といったポジティブな面だけでなく、そのネガティブな面も指摘している。人間はそもそも自己防衛的になりがちで、組織では不適切な忖度が曼延したり、自己弁護のための言い訳をひねり出したりするなどで自縄自縛に追い込まれたりする。アージリスは、良いものであれ悪いものであれ、「人間性」を直視しつつ改善策を見いだすことの重要性を説いている。
このようにマグレガーやアージリスの考え方から「人間性」を無視した環境システムは重大な不具合が生じることが示唆される。自然の理に反した「北風システム」から人間性を踏まえた「太陽システム」型アプローチが必要である。
この北風型から太陽型への転換は、マネジメントの「コペルニクス的転向」といわれ、実際にメタ分析(数多くの実証研究をまとめて学問的な結果を導き出すことを目的にした手法)でも太陽型のリーダーが、従業員のウェルビーイングや仕事に対するポジティブ行動を促し、バーンアウト(燃えつき症候群)や仕事へのストレスと言った苦痛を和らげることが明らかにされている。
この太陽理論に対しては、「理想論である」とか所詮「させる方法」である党の反論もあるが、少なくとも現時点では学問的な結論である。
しかし、太陽型アプローチの実現は容易ではない。北風型アプローチのような即効性がなく中長期的な取り組みにならざるを得ない。
そのためモチベーションの研究者たちは「デザイン原理」(環境システムをどの用にデザインしていけばよいかという指針)提案している。
たとえば、「職務特性理論」では、モチベーションを高める仕事の特性として、
- 多様なスキルと能力が必要な仕事である(スキルの多様性)
- 最初から最後までの「全体」に関わる仕事ある(課題のアイデンティティ)
- 他者や社会に対して意義のある仕事である。(課題の重要性)
- 自由度や独立性、自己裁量が認められた仕事である
- 自己評価のための適切な情報が得られた仕事である(フィードバック)
の5つをあげ、それらを重視するような職場環境をデザインすることを推奨している。
コメント