『なぜ古典を読むのか』 イタノ・カルヴィーノ 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
月世界のシラノ・ド・ベルジュラック
前回は、「ガリレオの「自然は書物である」」を読んだが、今回は、ガリレオと同時代にパリで活躍したシラノ・ド・ベルジュラックについて書かれた「月世界のシラノ・ド・ベルジュラック」を読むことにした。彼の月や宇宙について奇想天外な話を書いたが、それはその本質について、現代にもつながる要素がある。それでは読み始めよう。
シラノの「月の国家と帝国の愉快な物語」
ガリレオ・ガリレイと同時代で彼の支持者だったシラノ・ド・ベルジュラックは、『月の国家と帝国の愉快な物語』の中で太陽中心説について玉ねぎ理論という示唆に富んだモデルを示している。これは、太陽中心説からジョルダーノ・ブルーの無限世界の理論に至っている。この一見、人をけむに巻くような話は、現代における解釈とそれほど違わない。
このSF小説の先駆者ともいえるシラノの空想は、同時代の科学知識とルネッサンス期の魔術の伝統を土台にするが、それを三世紀後の我々も評価することが出来るほど時代を先取りしていた。やがて彼は、ルクレティウスの原子論を追想してそれに感動し、あらゆる物体の単一性を主張し、生き物の多様性を決定する基礎数の配合が、エピクロス科学をDNAの遺伝子学につなげている。
この物語では、月には、誤って地上の呼ばれる《楽園》があり、シラノは例の《生命の木》の真上に墜落し、高名なリンゴにぶつかる。蛇は神が人間の体内に閉じ込めてしまい、腸はとぐろを巻いた蛇である。
腸が飽くことなく人間を支配し、これをわが意のままに動かし、ときに目には見えない歯で噛みついて人を苦しめるのはそのためだそうだ。(抜粋)
そしてシラノは、予言者エリアに同じテーマの少々キワドイ冗談を説明する。しかしエリアはその冗談を少しも喜ばなかったから彼は楽園から追い出される。
この本にはまじめな解釈が可能な冗談もあり、徹頭徹尾、冗談で終わるといったものもあることがわかる。もっとも、どこからどこまでが冗談かまじめなのかを区別することは容易ではないのだが。(抜粋)
楽園を追い出されたシラクは月の都市を訪れる。あるものは可動式であるものはネジで固定されている。その案内人は、「ソクラテスの精霊」である。彼はどうして月の世界の人が肉を食べないのか、野菜にたいしても特別な心づかいをするのかを説明する。たとえばキャベツと人間を比べると、そのどちらが優れているか、神に近いかという証拠は何もない。そのためキャベツの首をちょん切ることは殺人と同じ等しいのである。
シラノの知性と文学
シラノは、知性と詩人の感性を持ち合わせていた。知性の面では、彼は「自由思想家」であり、サガンディの感覚主義、コペルニクスの天文学を支持していた。しかし彼が最も影響を受けたのは、カルダーノ、ブルーノ、カンパネッラなどの十六世紀イタリアの「自然哲学」者たちだった。
文学でいうと、彼はバロック作家であり、何よりも理論を解説したり持論を弁護したりせずにつぎつぎと新しい空想力の産物を並べる真の作家だった。彼の著作は新しい哲学、新しい科学が、思想に関連して作動させた仕事だった。彼は《哲学小説》の創始者といえる。
シラノ文学の発見
シラノの月世界の幾つかの場面は、ガリバー旅行記を先取りしている。さらに、智に長けてはいても矛盾だらけの人物に出会って遭遇する冒険や失敗談は、ヴォルテールのカンディードを予告する。
だが、シラノの文学がもてはやされるようになるのは、ずっと後世のことだ。(抜粋)
初版は彼の死後すぐに出たが、友人たちにより内容が削られ、無削除で出たのは今世紀に入ってからである。
シラノの発見は、ロマン時代にシャルル・ノディエやティフィル・ゴーチェが彼の奇談を集めたことに始まる。そして、ロスタンにより有名な韻文劇『シラノ・ド・ベルジュラック』の主人公に仕立て上げられた。
最後に地球の貴族と月の貴族の違いの話が書かれている。月の世界の貴族は素っ裸で歩いているばかりか男性器をかたどったペンダントを腰からつるしている。そして、剣を腰から下げている地球の帰属について、このように述べている。
・・・前略・・・・あらゆる生物のプロテウスであり、自然のたゆみない担い手である器官を隠そうとするなんて。生殖の象徴を恥じて、破壊の象徴をあがめるとは、なんという不運な国だ! しかも、きみたちは、生を与えるよりもっと輝かしいことがあるとでもいうように、あるいは、もっとも破廉恥なことは生命を奪うことではないとでもいうように、その器官を《恥部》などとよんでいる!』」(抜粋)
このロスタンの剣士は、「戦争ではなく、愛のいとなみ」の提唱者であることがこれからもわかる。
関連図書:
シラノ・ド・ベルジュラック(著)『別世界または日月両世界の諸国諸帝国』、岩波書店(ユートピア旅行記叢書)、1996年
シラノ・ド・ベルジュラック(著)『日月両世界旅行記』、岩波書店(岩波文庫)、2005年
ロスタン(著)『シラノ・ド・ベルジュラック』、岩波書店(岩波文庫)、1951年


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