新しい時代
エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』 より

Reading Journal 2nd

エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

二六 新しい時代

今日から第26章にはいる。ここから「新しい・・・・」という題名が3つ続く。すなわち第26章「新しい時代」、第27章「新しい世界」、第28章「新しい信仰」である。まずここでは、新しい時代、すなわち「ルネッサンス」についてである。

一四二〇年ごろイタリアフィレンツェの人は、とつぜん自分たちが中世の人間とは違いことに気づいた。フィレンツェの人はかなり前からかつてのアテネ市民のように自由で独立していた。そして、中世の騎士や職人とは異なる価値観が生れていた。そして彼らは古代を正しく発見する。

人びとはとつぜん、はるか遠い昔のギリシャ・ローマ時代が、ここに「ふたたび生まれた」と思った。彼ら自身が、その古い作品で生きかえったと感じた。多くのひとが、「リナスキメント」あるいは「ルネッサンス」(再生)について語った。(抜粋)

そして、彼らは古いものを求めるだけでなく、自然その他のものを偏見なく観察することを始めた。それゆえ、この時代には偉大な画家、彫刻家がフィレンツェで活躍した。

そのなかのひとり、レオナルド・ダ・ヴィンチは、一四五二年に生まれ、一五一九年にこの世を去った。彼は、人間の体はどのようになっているかを、知ろうとして人の体を解体した。彼は植物や動物を新しく観察し、鳥が飛ぶときどのように始めるかを観察した。

レオナルドの時代、一四〇〇年から一五〇〇年までの百年間、フィレンツェに特別豊かな家族があった。メディチ家である。彼らは、その富でフィレンツェに影響力を持った。ロレンツィオ・ディ・フィレンツェは、あらゆる美術家・学者の面倒を見た。

しだいに、フィレンツェでの新しい考え方は、広がっていった。このころ、アヴィニョン捕因(ココ参照)からすでにローマに帰ってきた教皇も宮廷や教会を新しいやり方で建て、絵や彫刻で飾るために、偉大な芸術家を招いた。そして、このような考え方はやがてドイツやフランスに広がっていった。

一四五三年にドイツ人グーテンベルクによって印刷術により、聖書をはじめ多くの書物が印刷され安価に流通した。また、武器として火薬を使うことが広まり、騎士の鎧は重くなり、騎士の時代は終わった。一五〇〇年ごろに統治していたドイツ皇帝、マクシミリアンは、イタリアの所有をめぐってフランス王と闘いの際に、もはや騎士団でなく、金で雇われた傭兵を用いた。そのため皇帝は多くの金が必要となり、都市の豊かな市民から借りなければならず、皇帝は都市とますます友好的なった。それはもはや余計者になりつつあった騎士をいらだたせた。

中世を星夜とよぶなら、わたしたちは、フィレンツェではじまったこの新しいさめた自裁を、あかく澄みきった「夜明け」とよぶことができる。(抜粋)

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