国家と宗教 — 日蓮と法華信仰(前半)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

Reading Journal 2nd

『日本仏教再入門』 末木 文美士 編著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

第六章 日蓮と法華信仰 日本仏教の思想5(頼住光子) (前半)

今日から「第六章 日蓮と法華信仰」に入る。第四章が浄土信仰(法然・親鸞)(”その1”、その2”、”その3”)、第五章が禅(道元)(”前半”、後半”)、そして第六章は、法華信仰(日蓮)となる。

ここでは、日本の仏教史で為政者批判、現実批判により際立つ日蓮の思想を、『法華経』に対すいる理解や、開目抄かいもくしょう』『観心本尊鈔かんじんほんぞんしょうによって考察される。

第六章は”前半“と”後半“に分けてまとめるとする。今日のところ”前半“では、日蓮の為政者批判、現実批判とその背景を、「王法と仏法」という論点が書かれている。それでは読み始めよう。

1.国家と宗教

法華信仰と不受不施

日蓮は、『法華経』信仰に基づく為政者批判、現実批判により、日本仏教史の中でも特異な位置を占める。後世、日蓮への帰依を軸として激しい現実批判をする信仰者の集団が現れた。

ここで著者は、その例として江戸期にキリシタンと並んで禁教になった不受不施ふじゅふせについて言及している。そのころ、開祖日蓮以来の古制である不受不施の教義日蓮宗以外を奉じる者に対して布施もしないし、布施も受け取らない)の運用方針に対して対立があった。不受不施派は、開祖日蓮の教えを守ろうとする日奥にちおうが中心となり不受不施の姿勢を堅持した。この自らの信仰を世俗勢力より優位に置く不受不施派の姿勢が問題視され、日奥は秀吉により流罪となり、江戸時代には不受不施派は、禁教となった。

仏法と王権との関係

ここから、このような法華宗の弾圧の背景となる、仏法と王法の関係について、インド- 中国 – 日本の順に解説されている。

仏教においては、一般に世俗世界と宗教的世界の二元的な世界観をとる。そして、基本的には、宗教的世界の方が世俗世界よりも優位に置かれる。

インドの初期仏教では、修行を第一にする身としては、国王にことさらに逆らわず従わず、なるべく関わらないようにせよ、と説かれ、世俗と距離をとりつつ修行に励むことが勧められた。そしてインドでは、国王と宗教者が同席する場合は、宗教者が上席に着くことになっており、宗教集団の治外法権も認められていた。

しかし、国家権力が強大な中国では、仏教によって国家の安泰をはかる鎮護国家仏教が発達する。中国で発達した鎮護国家仏教では、経典読誦の功徳と仏教儀礼の呪術力により護国をはかり、国王の統治を助けるという考え方が顕著となる。

インドでは王といえども正法に従うことが強調されていたのに対して、中国ではあくまでも国王が統治の中心となり、それを助けるものとして仏教が捉えられていたのである。(抜粋)

そして、中国仏教の影響下で発達した日本仏教においても、鎮護国家仏教が盛んとなる。奈良時代には、国家が仏教を管理し国家繁栄と五穀豊穣を祈る法会が盛んにおこなわれ、平安期には、国家体制と、それに結びついた八宗(南部六宗と平安二宗)が主流派・正統派の位置を占める(ココ参照)。これらは政治権力から正統と認められた顕密仏教で国家より正式に認められていた。このように国家(王法)と仏教(仏法)は、結び付いていた。そして、その主導権を握っていたのは王法であった。

日蓮の王法批判

このような中にあって、日蓮は、『法華経』を第一義のものとして立て、現実社会と厳しく対峙し、為政者を断罪するとともに、既成仏教についても誤った現実社会を補完する邪教であるとして厳しく批判した。(抜粋)

ここで著者は、日蓮の為政者・現実社会の批判の例として、『立正安国論』に触れている。『立正安国論』では、地震や飢饉などの災害が続く原因は、権力者が正法である『法華経』を蔑ろにした結果であり、この社会混乱を克服するためには、あらゆる経や教えを『法華経』の下に統一し、王法が正しい仏教に従い、正法に基づく王法を確立することが急務と説いた。

このような主張は、既成の社会秩序の転覆を図るラディカルな挑戦とされ、日蓮は激しい弾圧を受け、危うく処刑されそうになる。

しかし、日蓮はそれらの苦難はすでに『法華経』の中で予言されているとして、苦難に遭えば遭うほど『法華経』信仰を深めて言った。

ここで、著者は、このような激しい現実批判と社会改革への意欲は、日本仏教において異例としながら、日蓮の思想的系譜に連なる日蓮信者を輩出したとし、それの人々を列挙している。

  • 日蓮信奉者妹尾義郎せおのぎろう牧口常三郎まきぐちつねさぶろう
  • 国家主義者田中智学たなかちがく国柱会こくちゅうかい)、石原莞爾いしはらかんじ(満州国建設)、北一輝きたいっき
  • 文芸評論家、文学者高山樗牛たかやまちょぎゅう宮澤賢治みやざわけんじ
特に、「国民的作家」として現在でも多くの読者に親しまれている宮澤賢治は、日蓮宗に深く帰依し、『法華経』の精神に基づく文学活動を行った。賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」として「まづもろともにかがやく宇宙の微塵になりて無方の空にちらばろう」(『国民芸術概論綱要』)と、世界全体の真の幸福の探求に基づいた実践を訴えて、その作品の中に形象化するだけでなく、自分自身も農民のために実践活動に打ち込んだ。(抜粋)

宮澤賢治と日蓮宗の関係については、『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』 を参照してくださいね♬(つくジー)


関連図書:北川前肇 (著)  『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』、NHK出版 (NHKこころの時代)、2023年

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