「蛍雪の功」（諸王朝の興亡）（その３）
井波 律子『故事成句でたどる楽しい中国史』　より

『故事成句でたどる楽しい中国史』 井波 律子 著
[Reading Journal 2nd：読書日誌]

第四章　「破竹の勢い」 — 英雄・豪傑の時代　２ 諸王朝の興亡（その３）

今日のところは「第四章　破竹の勢い」「２　諸王朝の興亡」の“その３”である。“その１”は、西晋時代せいしんとその文化、”その２“は、東晋とうしんの成立そして東晋の芸術の発展をまとめた。そして今日のところ”その３“は、東晋の衰退と滅亡、そしてその後の混乱の末に隋ずいが中国を統一するまでである。それでは読み始めよう。

「蛍雪の功」車胤と孫康

謝安が死去すると、東晋王朝は混乱を深める。その元凶は孝武こうぶ帝の弟の司馬導子しばどうしである。司馬導子は実権を握りやりたい放題だった。

そういうやり方に敢然と抗議したのが車胤しゃいんだった。車胤は、苦学して高級官僚にまでなった人であった。彼は明かりを灯す油を買うお金がなかったため、数十匹の蛍を、絹でつくった袋に入れて、その明かりで勉強した。また、車胤と同時代の孫康そんこうも貧しく、冬の夜に雪の明かりで勉強したとされる。

この二つの故事により、苦心して勉強することを「蛍ほたるの光ひかり、窓まどの雪ゆき」あるいは「蛍雪けいせつの孝こう」と呼ぶようになった。

東晋の政治は車胤のような良心派の官僚がいくらがんばっても立て直すことはできなかった。

東晋の滅亡と宋王朝の設立

そうしたとき、道教の信者を中心とした「孫恩そんおんの乱」が起きる。東晋はこの乱を鎮圧するも、こんどは東晋軍のリーダー桓玄かんげんが叛旗はんきをひるがえし、安あん帝を退位させて自分が帝位についた。

ここで東晋はいったん滅亡するが、桓玄の天下は百日程度しか続かなかった。東晋軍の劉裕りゅうゆうのクーデターにより桓玄は首都建康を追われ、安帝が復位し東晋は息を吹き返す。しかし、結局は劉裕によって滅ぼされた。

そして、劉裕は、即位し宋そう王朝を立てた。

「五斗米の為に腰を折り郷里の小人に向かうを能わず」詩人陶淵明

このような劉裕のやり方に反発した詩人の陶淵明とうえんめいは、自分の著作に劉宋の年号を用いなかったとされる。陶淵明は、生活のために出仕と辞退を繰り返したが、四十一歳の時に「五斗米ごとべいの為ために腰こしを折おり郷里きょうりの小人しょうにんに向むかうを能あたわず（たかが五斗の扶持米ふちまいのため田舎の小役人にへいこらできるものか）」と知事を辞任し、以後は故郷に引っ込み晴耕雨読せいこううどくの隠遁生活をつづけた。

陶淵明は、「飲酒二十首」などの有名な詩文を残した。また、「桃花源記とうかげんのき」という文章は、後の「桃源郷とうげんきょう」という語の典拠となった。

「騎虎の勢い」楊堅と隋王朝

劉裕を初代皇帝とする劉宗もそれほど長続きしなかった。以降、漢民族が支配した南朝は、斉せい、梁りょう、陳ちんなどが短い周期で交替を繰り返す。

一方、北方異民族の北朝も激しく変遷した。一時的に華北を統一した苻堅ふけんは、「肥水の戦い」で敗北した後（ココ参照）衰えた。その後華北を統一したのは、拓跋たくばつ氏が立てた北魏ほくぎである。しかしこれも長続きせず北魏は内紛のため東魏とうぎ、西魏せいぎに分裂する。そして東魏は北斉ほくせいへ、西魏が北周ほくしゅうへと衣がえする。

この北朝の分裂は北周の武ぶ帝が北斉を滅ぼして一旦終息するが、武帝が死去し宣せん帝になると、北周の宰相楊堅ようけんの勢力が強くなった。楊堅は宣帝の皇后の実父だったため、宣帝が死去すると外戚として事後処理にあたり、その後、北魏を滅ぼして自ら即位し文帝となり、隋ずい王朝を立てた。

この楊堅の妻は宣帝の死後、事後処理に奔走ほんそうする楊堅を励まし、「騎獣きじゅうの勢い、下るを得ず、之を勉つとめよ（あなたは今、猛獣に乗っているのですから、途中で降りることはできません）」と言って励ましたとされる。

この故事により、ことを計画して途中でやめようと思ってもやめられない、という意味の「騎虎きこの勢いきおい」という用語が生れた。

この楊堅（文帝）の隋は、南朝最後の王朝、陳を滅ぼし中国全土の統一を成し遂げた。