『人生の一冊の絵本』 柳田邦男 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
子どもが人生のへの一歩を刻むとき
この章は、柳田邦夫の中学校時代の思い出から始まる。柳田は、ある転校生を冷やかした経験がある。そして、その冷やかしで〈いやなおもいをしただろうな〉と思ったが、誤ることはなかった。
誤らなかったため、私のこころのなかに何か重たいものを、いつまでも引きずることになった。(抜粋)
ここでは、少年少女期の感性の鋭さや心理の動きについて表現した本を三冊紹介している。
『ひとりひとりのやさしさ』
柳田が思い出から話を始めたのは、この『ひとりひとりのやさしさ』を読んだからだと言っている。
この本は、人種問題や思春期の少女の心理などの題材にした物語や絵本を幾つも書いてきた絵本作家・ジャクリーン・ウッドソンさんの絵本である。
この絵本では転校してきた少女をクラスの子たちが疎外していく様子が次々と描かれていく。そして、ついに少女は学校に来なくなってしまった。
その日、先生が「やさしさ」について子どもたちに考えさせる授業をする。持ちこんだたらいに水を張り、真ん中に小さい石を落とすと、さざなみが広がる。先生はいう、
〈やさしさも、これと おなじですよ。わたしたち ひとりひとりの ちいさな やさしさが、さざなみの ように せかいに 広がっていくのです>
先生が一個の小石を一人の子に渡し、自分が誰かにしたやさしい行為のことを言って、小石を水におとしてみるように言う。子どもたちは一人ずつそうしては、たらいから小石を拾って、次の子に渡していく。しかし、「あたし」の番になったとき、「あたし」は何も言えず、小石を落とさずに次の子に渡す。こころのなかにうずくものが生じていたのだろう。「あたし」はあの子が戻ってくるのを心待ちにしたが、あの子は戻らなかった。(抜粋)
『ひみつの川』
『ひみつの川』の主人公は、少女カルパーニアである。彼女の村が大変な経済危機に襲われ、彼女の一家も経済的に行きずまる。カルパーニアは、両親を助けたいと、森にすむ賢女マザー・アルバーサに相談する。そして、言われたとおりに歩いていくと、魚が無数にいる川辺に出る。そこでたくさんのおおナマズを捕まえて家に帰り、それを売って家計の助けにした。
その後、カルパーニアは、もう一度魚を釣ろうと出かけるが、どうしても川は見つからなかった。
賢女マザー・アルパーサは、こう教えてくれる。〈一度起こったことがもう二度と起こらないということも、ときにはあるもんなんだよ〉〈ひみつの川は心のなかにある。だから、あの川に行きたいと思えば、いつでも行ける。心のなかで。目をとじれば、見ることができる〉と。(抜粋)
『はじめての旅』
『はじめての旅』は、複雑な後味を残すユニークな絵本である。主人公のぼくの両親は、喧嘩が絶えず、母親が出て行ってしまう。そして六歳のときに母親が戻ってきて、一緒に食うや食わずの旅に出る。
たどり着いた墓地の、ある墓の前で、母親は泣き伏し、〈むかし、好きなひとがいたの〉とつぶやく。〈わけがわからないけれど、ぼくもおかあちゃんのまねをして、墓石に向かって 手を合わせた〉と語られる。(抜粋)
関連図書:
ジャクリーン・ウッドソン(文)、E.B.ルイス(絵)、さくまゆみこ(訳)『ひとりひとりのやさしさ』、BL出版、2013年
マージョリー・キナン・ローリングズ(文)、レオ&ダイアン・ディロン(絵)、小島希里『ひみつの川』、BL出版、2013年
木下晋(作)『はじめての旅』、福音館書店、2013年
どろんこのなかの生きる楽しさ
最近は、人間と自然環境などを写真家が観察記録の写真によって語りかける写真絵本が多くなってきた。このような写真絵本は、日常的に自然界の生き物と接する機会が限られている現代においては、自然に親しむ心や観察眼を育むうえでとてもよい刺激になる。ここでは、そのような写真絵本を三冊紹介している。
『ごたっ子の田んぼ』
一冊目の『ごたっ子のたんぼ』は、子どもたちの田植えの様子を記録した写真絵本である。子どもたちが田んぼの中に入り、足で土をかき回す代掻きから始まる。そして、しだいに代掻きが遊びに変わっていく。このような一瞬一瞬をカメラはしっかりと捉えている。
子どものこころの発達にとって大切なのは、いのちや生きること、人間は自然界の恩恵を受けて生きていることなど、子ども時代に身につけるべきもっとも大事なことを、知識としてでなくいわゆる身体感覚で全身に染み込ませることだ。(抜粋)
『カミツキガメは わるいやつ?』
二冊目は『カミツキガメは わるいやつ?』である。これは千葉県北部の印旛沼と周辺の水辺に増えているカミツキガメの生態とその被害の実態をとらえた作品である。
松沢さんはカミツキガメの生きる姿に愛着を感じつつも、日本の生態系のなかには、いてはいけない生きものであることをしっかりとレポートして、安易な気持ちで外国で購入したいろいろな生きものを、世話がめんどうになったからといって自然界に捨ててはいけないという警鐘を鳴らしている。(抜粋)
『クロテン』
三冊目は『クロテン』である。この写真絵本は、動物写真家の竹田津実さんが、撮影したクロテンの記録である。身近なクロテンを雪国ならわでの楽しいアングルから捉えている。
関連図書:
西村豊(文・写真)『ごたっ子の田んぼ』、アリス館、2014年
松沢陽士(文・写真)『カミツキガメは わるいやつ?』、フレーベル館、2015年
竹田津実(文・写真)『クロテン』、アリス館、2012年
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