(初出:2008-06-17)
「中国の五大小説」(上) 井波律子 著
『三国志演義』の巻ーーー興亡の歴史と物語の誕生 二 大トリックスター、曹操の登場―ー呂伯奢殺害事件
劉備があくまで正統な君主であるのに対して、演義世界最大の「悪玉」は曹操である。演義では劉備と同じく曹操も史実と演義での描き方に落差がある。
呂伯奢殺害事件は、その典型である。曹操は逃亡中に陳宮とともに呂伯奢の家に立ち寄る。そして、もてなしの豚を殺そうとする物音を、自分の命を狙っていると勘違いして呂伯一家を皆殺しにしてしまい、間違いに気づいて慌てて逃げ出す。問題なのはこの後で、逃げ出した曹操と陳宮は、ばったりと酒や食糧を買いに出ていた呂伯奢に会ってしまう。そこで曹操は、後で禍となるのを恐れて呂伯奢も殺してしまう。
「いけないと知りながら、わざと殺すのは、はなはだ道にはずれています」と陳宮。
「私が天下の人を裏切ろうとも、天下の人に私を裏切るような真似はさせぬ」と、曹操が答えたので、陳宮は黙り込んだ。(抜粋)
この話は、正史には無いが、裴松之の注には載っている、しかし、それは呂伯奢一家を殺害することだけで、その後に呂伯奢自身まで殺す場面は出てこない。この場面は辛辣な悪役曹操を印象づけるための『演義』の創作であると言える。
道化者・悪戯者・ペテン師・詐欺師などの要素をあわせもち、アンチヒーローとして既成の秩序に揺さぶりをかけ攪乱する存在を「トリックスター」と呼びますが、曹操こそは、まさしく演義世界の大トリックスターである。(抜粋)
曹操は劉備たちと比べると見劣りする小男として描かれている。またその出自も、宦官の養子といういかがわしいものであり、劉備に比べると大いに見劣りがする。
曹操は宦官派の出身であるが、反宦官派知識人グループの「清流派」に早い時期から認められ、清流派の多くの人材をその傘下におさめた。また、清流派のみならず黄巾軍も自軍に吸収する。血縁には剛勇無双の部将もそろっていた。
曹操は物語の中では残酷なる「悪玉」であるが、反面、知謀にすぐれ、配下の部下たちとの信頼関係も堅く、豪傑があらわれたらたちまち惚れこむといった人間的魅力も同時に描かれている。
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