[再掲載]「出会いが出会いを呼ぶ仕掛け」(水滸伝)
井波 律子『中国の五大小説』(下)より

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(初出:2009-04-03 )

「中国の五大小説」(下) 井波律子 著

『水滸伝』の巻 — 一百八星、数珠繋ぎの物語 二 出会いが出会いを呼ぶ仕掛け — 黄泥岡の大作戦

百八人の豪傑たちの登場形式が「数珠繋ぎ」であるところに、『水滸伝』の大きな特徴があります。

『魯智深物語』、『武松物語』など、語り物の世界では、多くの独立した物語があったが、『水滸伝』はそれらを繋いでまとめるところから徐々に形作られる。しかし作者はそれらをただ並べるだけでなく、必ず有機的に関係づけるという巧みな語りぐちを駆使している。

林冲が梁山泊に入った後、物語は「托塔天王たくとうてんのう晁蓋ちょうがい一味による黄泥岡作戦の話に移る。

晁蓋は、四悪人の一人蔡京への誕生祝いの品物が運搬されることをしると、それを奪取して蔡京に一泡吹かせようと計画する。そして、「赤髪鬼せきはつき劉唐りゅうとう、「智多星ちたせい呉用ごよう、「立地太歳りっちたいさい阮小二げんしょうじ、「短命二郎たんめいじろう阮小五げんしょうご、「活閻羅かつえんら阮小七げんしょうしち、「入雲竜にゅううんりゅう公孫勝こうそんしょう、「白日鼠はくじつそ白勝はくしょうの計8人で黄泥岡で罠を仕掛ける。

誕生祝いの品物を護衛している楊志たちは、まんまと罠に引っ掛かり誕生祝いの品物を取られてしまう。この後、晁蓋一味は梁山泊に逃げ込み、楊志は魯智深と共に二龍山にりゅうざんの山賊砦を乗っ取り本拠地とした。

晁蓋一味が梁山泊に逃げ込む前に、彼らをかくまったのが、『水滸伝』の中心人物である「及時雨きゅうじう宋江そうこうであった。

水滸伝世界では、多数の登場人物を結びつける操作が重要であるが、それを担うのが、その人がどういう人かという「噂」のネットワークである。そして、「任侠世界」で最も評判が高く、噂でもちきりなのが宋江である。及時雨宋江の評判が広く鳴り響いているため、豪傑達は宋江の名を聞くだけで感激にふるえた。

ところが、この宋江は武勇に優れているわけでなく、風采もいっこうにあがらない。宋江は中心人物でありながらはなはだ魅力に欠ける人物である。また宋江は煙たく思われるほど「真面目志向」であるのも特徴である。

要するに、宋江は噂社会の虚像にすぎず、『水滸伝』の物語世界ではまったく影が薄いのです。

『水滸伝』の宋江、『西遊記』の三蔵法師、『三国志演義』の劉備は、中心に位置するだけで迫力に欠け、めざましい働きをすることはない。しかし彼らを介して多数の登場人物が交差して物語世界のふくらみが増している。こうした中心人物の設定のしかたは、中国白話小説の大きな特徴である。

逆にいえば、中国白話小説の主眼は、一人の人物に焦点をしぼってその働きを描くことにあるのではなく、多様なキャラクターをもつ多数の登場人物が、絡みあいつつ織りなす「関係性」を描くことにあるといえるでしょう。

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