(初出:2009-04-01)
「中国の五大小説」(下) 井波律子 著
『水滸伝』の巻 — 一百八星、数珠繋ぎの物語 — 幕開き語り物のスターから — 魯智深、林冲 登場
まずはじめは『水滸伝』である。この本(上下巻)で取り上げられている中国の五大小説のうち、ボクが読んだことがあるのは唯一『水滸伝』だけ。
『三国志演技』の魅力が「名場面」にあるとすれば、『水滸伝』は「人」にある。天罡星三十六人と地煞星」の七十二人が物語世界を縦横に動き回る。
『水滸伝』も「語り物」から生まれたし「章回小説」である。ただし『三国志演技』、『西遊記』と比べてテキストがそれほど整備されていず、「語り」の匂いを濃厚に伝える文体である。そのため白話ものとはいえ読み取りのがより難しい。
成立は『演技』と同時期、十四世紀中頃の元末明初期とされる。200年にわたり写本としてのみ流通していた。著者は『演技』の著者と目される羅貫中の単独著者説、施耐庵の単独著者説、両者の合作説に分かれるが、現在は施耐庵の単独著者説が有力である。
全百回の内訳は、
- 1から71 百八人の豪傑たちが梁山泊に集結するさまを描く
- 72から82 朝廷軍との戦闘を経て、梁山泊軍が招安されるまで
- 83から100 遼征伐、方蠟征伐に出陣し、軍団が壊滅するまで
である。
『水滸伝』には百回本のほか、百二十回本、七十回本もある。
『水滸伝』は『三国志』と同様に実話にもとづく物語である。北宋(九六〇~一一二六)末期。放蕩天子であった第八代皇帝徽宋が、蔡京・楊戩・高俅・童貫の四悪人を重用したため、ワイロや犯罪が横行し政局が混迷した。現実に梁山泊のような無法者の集団が数多く存在し、梁山泊のリーダーとなる宋江も実在の人物である。しかし、史実にもとづくとはいえ、『演義』のようながっしりとした歴史的事実の枠組みがないので、虚構としての物語のふくらみを存分に生かしながら展開されていく。
物語の始まりは大将軍の洪信が「伏魔之殿」を開け、何百年の間地底に閉じ込められていた、三十六の天罡星、七十二の地煞星を解き放つ事から始まる。梁山泊に集結する豪傑はこの百八人の魔王が地上に再生したものだった。
物語は、百八人には含まれないが、近衛軍武術師範の王進の話から始まる。その後、「九紋竜」史進、「花和尚」魯智深、「豹子頭」林冲、「小旋風」柴進、「青面獣」楊志と数珠つながりに現れる。
魯智深は、武松と共に『水滸伝』成立以前の語り物の世界における大スターであった。『水滸伝』はこのような個別に語られた物語をうまくストーリーに組み込み活かしている。これは語りものから生まれた章回小説のテクニックである。
梁山泊は無法者の集まる場所として描かれる。豪傑たちは、なんらかの犯罪をおかしたところで軍団に加わるというパターンが繰り返される。
いわば「表の論理」から落ちこぼれた者が、「裏の論理」の世界たる梁山泊に結集するのです。
しかし、「表」「裏」とはいいますが、四悪人の横行に代表されるように「表」の世界が乱れきった暗黒の時代において、たとえ犯罪者集団にあっても、「裏」の梁山泊のほうが、むしろある種の清廉な倫理につらぬかれている、というモチーフは、水滸伝世界をつうじて一貫しています。
林冲は天罡星三十六人のうち初めて梁山泊に足を踏み入れる。
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