Reading Journal 2nd

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仏教土着の観点から — 日本仏教の可能性 まとめ (その3)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

ここで末木は「仏教の土着」という観点から日本仏教の伝統を再考している。そして、近代における仏教が儒教と共に国体という名のもとに日本的なものに閉じ込められたことを批判し、日本仏教の世界へ開かれる可能性に希望があると言っている。:『日本仏教再入門』より
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異質な軍事思想 — 無残な死、その歴史的背景(その1)
吉田 裕 『日本軍兵士』より

日本の陸海軍の軍事思想の特徴として、「短期決戦、速戦即の重視」」「作戦至上主義」「極端な精神主義」などがある。これらの軍事思想のため、前線の兵士に大きな負荷をかけることになり、悲惨な戦死が相次ぐことになった。:『日本軍兵士』より
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ヨブ記における死後の生命
浅野 順一 『ヨブ記 その今日への意義』より

旧約では、死者は陰府(暗黒の地)に降り、そして全く活動しないとされる。つまり霊魂の不滅は否定されている・しかし理不尽な不幸に陥ったヨブは、神の打撃から身を隠すために陰府まで降りたいと言っている。そこには死後の存在の希望もない。:『ヨブ記 その今日への意義』より
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近代仏教の観点から — 日本仏教の可能性 まとめ (その2)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

現代の仏教は一定のプレゼンスを持っているが、イエ制度に根差した葬式仏教からどのように体質を変えることができるかが、問題となる。ここで著者は、「地域寺院」という地域に根差した寺院のあり方に注目している。:『日本仏教再入門』より
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被服・装備の劣悪化 — 身体から見た戦争(その4)
吉田 裕 『日本軍兵士』より

兵士たちの身に付ける被服の良否は、兵士たちの身体に影響を及ぼした。この被服は戦争が進むにつれて急速に劣化していった。軍靴の劣化により、靴が壊れた兵士が増え、さらに炊事に使う飯盒さえ持たない兵士まで現れる事態となっていった。:『日本軍兵士』より
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天、人間、ゾウ — 『プリニウスの博物誌』 (後半)
イタノ・カルヴィーノ 『なぜ古典を読むのか』 より

プリニウスの『博物誌』の中には、あらゆるもの記録が載せられているが、その中で幸福については、比較されていない。それは主観的なものであるからである。人類学が科学になるためには、そのような人文的なもの視野をはなれ、なければならない。:『なぜ古典を読むのか』より
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ヨブの立場と友人の立場(後半)
浅野 順一 『ヨブ記 その今日への意義』より

エリパズは、「私ならば、かかる不幸な時こそ一切を神に委ね、その力を信頼する」とヨブに言う。しかし、ヨブはそれを首肯できない。著者は、エリパズの言葉は信仰的に立派に見えるが、それが果たして真実だろうかと疑問を投げかける。:『ヨブ記 その今日への意義』より
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仏教思想の観点から — 日本仏教の可能性 まとめ (その1)
末木 文美士 『日本仏教再入門』より

「我」の発見から出発した近代は、「共生」が困難な時代である。しかし、今ほど「共生」が必要な時代はない。この「共生」の手がかりとして、著者は、和辻哲郎の「空の弁証法」や道元の『正法眼蔵』の「菩提薩埵四摂法」をもちいて考察する。:『日本仏教再入門』より
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病む兵士の心 — 身体から見た戦争(その3)
吉田 裕 『日本軍兵士』より

兵士たちには、軍人精神が求められ、入隊前から愛国教育が行われた。その仕上げが「刺突訓練」だった。そして、そのような訓練にもかかわらず、兵士たちに「戦場神経症」などの心の病が増大した。しかし、軍は正面から取り上げず、覚醒剤の使用に頼った。:『日本軍兵士』より
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ヨブの立場と友人の立場(前半)
浅野 順一 『ヨブ記 その今日への意義』より

友人の説得を聞いたヨブは混乱していた。友人は「神の前に正しくあり得ようか」という。ヨブ自身のそのように思える。しかし、ヨブと友人では、立場が役者と観客のように違い。ヨブには友人言葉は、心に実感として響いてこない。:『ヨブ記 その今日への意義』より