『「モディ化」するインド』湊 一樹 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第3章 「グジャラート・モデル」と「モディノミクス」(その4)
今日のところは、“第3章 「グジャラート・モデル」と「モディノミクス」”の“その4”である。“その2”は、モディがグジャラート州首相時代に行った経済改革「グジャラート・モデル」とその実態、“その3”では、二〇一四年の総選挙で圧勝し、インドの首相になったモディが掲げた「モディノミクス」の失敗についてであった。今日のところ“その4”では、モディノミクスの失敗の結果として「顕在化する経済の停滞」についてである。それでは読み始めよう。
顕在化する経済の停滞
雇用の悪化
二〇一四年の総選挙時にBJPのマニュフェストには、「BJPは雇用の創出と企業の機会拡大に特に力を入れる」とし宣言していたが、それから五年後の二〇一九年のマニフェストには、雇用に関する項目が消え、雇用の問題を起業に問題にすり替えようとしていた。その頃のインドの雇用状態は、これまでの半世紀近くにわたって行われてきた調査と比べて、過去最悪の水準になっていた。
農村部の経済状況の悪化
また、同じように農業・農村政策も目標と現実に大きな隔たりがあった。モディ首相は、二〇二二年までに農家の所得を倍増させることが自分の夢であると語っていたが、しかし二〇一九年の選挙の時点で、それは実現不可能なことと認めていた。
農家から政府機関が買い上げる際の最低保証価格(最低支持価格)は、実質UPA政権期と実質的に下がっていることが指摘された。また、農家に対する現金給付プログラムでは、選挙目当てのバラマキとの批判の他に、受給対象が農地を所有する農家に限定されたため、農地を持たない小作や農業労働者が給付を受けられない欠陥があった。
農村部の経済状況の悪化には、高額紙幣の廃止措置による影響もあった。
このように、モディ政権は雇用創出と農村部の振興を図るためにつぎつぎと政策を打ち出したが、政権一期目の五年間では、目立った成果をあげられなかった。むしり、政府統計などによると、雇用と農村をめぐる状況は改善に向かうどころか、悪化の兆候さえ示していた。(抜粋)
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