『「モディ化」するインド』湊 一樹 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第1章 新しいインド?(その2)
今日のところは、第1章“新しいインド?”の“その2”である。“その1”では、世界の民主主義の後退と権威主義化の足取りが概観され、モディ首相によりインドが権威主義化していることについて説明された。そして“その2”では、「経済、外交・安全保障における問題」についてまとめる。そして、次回“その3”では、「モディ首相が唱える「新しいインド」「大きな物語」」についてである。それでは読み始めよう。
イメージと現実のあいだ – 経済と外交・安全保障
まずは、インドの権威主義化による経済と外交・安全保障の問題である。
インドは、「急成長を続ける新興国」「普遍的価値を共有する戦略的パートナー」という経済・そして外交・安全保障についてのイメージがあるが、そのイメージと現実の間に溝が広がっている。
インド経済の問題
インドは、一九九〇年代後半から高い経済成長率を維持し、新興国として頭角を現してきた。そして二〇一四年にモディ政権に交代すると、モディ政権が進める経済改革により、さらに成長すると期待された。
しかし、インドの経済状況は、この数年で一変し今後についても悲観的な見方が多い。その理由のひとつが「新型コロナウィルス感染症の拡大とそれに伴う全土封鎖の影響」であり、もうひとつが「農村部の疲弊と雇用不足」である。
インド経済は新型コロナ感染症の拡大とそれに伴う全土封鎖により、大部分の経済活動が停止され、打撃を被った。しかし、二〇二一年度には、GDPがパンデミック前の水準まで回復し、そのため「インド経済は、いち早くV字回復し、以前の経済軌道に戻ることに成功した」と言われている。しかし、著者はこの見方はあまりにも楽観的な見方であると指摘している。その理由として、インド経済は、新型コロナ感染症の拡大前からすでに停滞が始まっていることをあげている。
インド経済の見通しが必ずしも明るくないことのもうひとつの理由は「農村部の疲弊と雇用不足」である。この問題は二〇〇〇年代から重要な政策課題であったが、この一〇年でむしろ悪化している。モディ政権一期目の農村部振興策と雇用創出政策は目だった成果はなく(第三章参照)、二期目に入ってすぐに襲ってきたパンデミックにより農村部の疲弊と雇用不足は白日のものになった(第5章参照)。
インド経済は、明るい見通しで語られているが、それはインドが七%台の高い経済成長率を記録したからである。しかし、著者は、インドのGDPをはじめとする主要な経済統計は、全体像を正確に捉えていないと指摘している。
インドではGDPの五割、就業者数の八割のインフォーマル部門(「非組織部門」)の統計は数年に一回しか実施されず、現在の最新データは二〇一五年度である。そのためフォーマル部門(「組織部門」)が、インフォーマル部門に比べてGDPなどの計算に強く出て、実態以上によい結果となっている可能性がある。
また、新型コロナ感染症拡大が落ち着き、経済指標が「V字回復」するなか、「K字回復」ということばが用いられたことがある。大企業の業績が好調な一方、中小零細企業は経済ショックから立ち直っていないという二極化現象を表わす言葉である。つまり、大企業のV字回復の影で、経済格差が拡大している。
そして、インド政府は統計データの収集と公表に後ろ向きであり、インド経済の現状を把握するのはますます難しくなってきている。実際に二〇二一年に実施予定だった国勢調査も延期となり、いまだに実施されていない。
インド外交・安全保障の問題
インドは日本にとって重要な「戦略的パートナー」という認識が定着してきている。しかしモディ政権が民主主義を解体してきたため、「普遍的価値の共有」という旗印の説得力が急速になくなってきている。
二〇二二年にロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始して以来、インドは西側諸国が主導する経済制裁に加わらないどころかロシア産原油を大量に購入するなど、独自路線を貫いた。日米豪を含む西側諸国とインドの関係は不安定かし、アメリカの主要メディアは、モディ政権に批判的となってきている。
インドは、兵器の調達先としてロシアに大きく依存していること、国連安保理でインドに不利な決議案にロシアが拒否権を行使してきたこと、などがロシアとの関係を重要視する理由である。さらにインドにとって最大の安全保障上の驚異である中国を牽制しさらに、ロシアと中国の緊密化を防ぐという狙いがある。
二〇二〇年以降に、中国との実質的な国境線である「実効支配線」の周辺で、インドと中国との対立が先鋭化し、同、六月の衝突では、モディ首相が「国境を越えてインド領に侵入したものは誰もいない」と断言したが、実際には、中国に領土を奪われたと言われている。中国は実効支配線周辺の軍事力で優位に立っていて、軍事衝突がエスカレートすると中国軍がインド軍を圧倒する可能性が強い。そのためモディ政権は中国に強く出られない。モディ政権は、中国による領土浸食を黙認している状態である。
中国の脅威が高まると、二国間や多国間でのインドの存在が重みをますため、欧米諸国はインドの権威主義化を明確に非難しづらくなっている。また、中国から見ると、インドの権威主義化は、クワッドの機能低下につながり好都合である。
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