あまねく「いのち」を見つめて(後半)
北川前肇 『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』 より

Reading Journal 2nd

『宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる』 北川前肇 著
 [Reading Journal 2nd:読書日誌]

第4回 あまねく「いのち」を見つめて(後半)

前回、“第4回 あまねく「いのち」を見つめて”の前半では、最愛の妹・トシの死とそれを描いた賢治の詩についてであった。賢治の詩に著者は、意外にも浄土真宗の死生観の影響を読みとっていた。そして今日のところ、後半では、法華経の死生観と賢治の題目に込めた祈りについて書かれている。


法華経における「死」

浄土真宗では、「死」を阿弥陀仏による救いの成就と捉える。では、法華経・日蓮宗では「死」をどのように捉えられているか。

大乗仏教の経典では、私たちの住む娑婆世界に対して浄土いくつもあるとする世界観が書かれているものもある。しかし、法華経では、どこか他に浄土があるというのは、あくまで「ほう便べん」であり、現世こそ「永遠にして真実なる浄土」としている。

この娑婆世界中心の国土感こそが、法華経の法華経たるゆえんです。私たちが今生きている「この世」を、「あの世」と分断しないのです。(抜粋)

ここで著者は、法華経ではどのように「生」と「死」をとらえている、を解説するために日蓮の女性信徒への手紙を引用する。
日蓮は、夫に先立たれ、さらに息子も失った女性信徒に次のような手紙を送っている。

人は生まれて死するならいとは、しゃしゃも上下一同に知りてそうらへば、始めてなげくべしをどろくべしとわをぼへぬよし、我も存じ、人にもをしへ候へども、時にあたりてゆめかまぼろしか、いまだわきまへがたく候う。(うえ殿どのあまぜんしょ『日蓮聖人全集』7巻、春秋社、2011)(抜粋)

日蓮は、誰でも人は死ぬ習いであるから、誰かが亡くなったとしても、「嘆きおどろくべきではない」と自分にも言い聞かせ人にも教えてきた。しかし、やはり大事な人を失ったときは「夢を見ているのか」と思い、なかなか認めることが出来ないと、伝えている。
日蓮は、「ありのままの感情を語ることで、女性の悲しみに共感している」のである。

そして、日蓮は釈迦の入滅に際し弟子たちが嘆き悲しんだという光景こそ「人との別れの本質」であると説いている。著者は法華経の「死」に対する態度について次のようにまとめている。

嘆きなさい、悲しみなさい。ただし、その根本には「南無妙法蓮華経」という七文字がなくてはならない。「妙なる真実の教え」に心からしていれば、泣いても嘆いてもいいのだ。これが法華経の「死」に対する態度です。(抜粋)

上の手紙は、有名なようで、たしかNHKの100分de名著シリーズの『日蓮の手紙』でも取り上げられていたと思った(この前読んだ『日蓮』の最初を参照)。日蓮の優しさが伝わるいい手紙ですよね(つくジー)


供養としての題目

では、あの世に旅立った「死者」とこの世に残された「生者」との関係はどうなるか。
法華経では、その両者をつなぐものが「題目」であるとしている。宮沢賢治は、妹・トシの臨終にあたり耳元で題目を唱えた(ココ参照)。
また、日蓮は、題目をかけ橋として生者と死者が行きかうことが出来ると説いている。

題目は、死に臨む人を仏の浄土へと送る祈りの言葉であり、また、生者が死者と再会するための大切な祈りの言葉であるように考えられます。(抜粋)

賢治は、日蓮の教えも理解しつつ、親鸞の言葉も心に深く根付いていた。そのため賢治の中で価値観が衝突していた、その心の叫びが「無声慟哭」などの詩の言葉になっていた。

宮沢賢治は、「南無妙法蓮華経」という題目をしばしば手紙や手帳に書いている。賢治が「雨ニモマケズ」を記していた「雨ニモマケズ手帳」には、叔母のヤギの菩提のためとして、「南無妙法蓮華経」と七回書いている。また、親友のさかないの母が亡くなった時は、手紙の最後に「南無妙法蓮華経」と二十八編も書いている。

「南無妙法蓮華経」の一つひとつの文字には、お釈迦様の三千大千世界の真理が入っている。だから、一字をしっかりと書けば、その永遠の真理と一体になれる、と賢治は言っています。(抜粋)

これは、日蓮が「法華経の文字は皆しょうしんの仏なり」と言っていることに基づいている。

永遠の真理である三千大千世界と私とが一体になる。賢治にとっては、それが成仏でした。ですから賢治は、題目を書くことを追善供養としていたのです。(抜粋)

著者は、宮沢賢治は二度までも死に至るような大病をし、その人生は常に「死」と隣り合わせであったとしている。そして著者自身の体験を踏まえて次のようにいって第6回を締めくくっている。

神様でも仏様でもいい。自分のいのちはどこからか授かったものだという意識をもつことで、人生は変わります。賢治は、その物語をもっていたからこそ、「自分以外のいのち」に対する共鳴・共感があったのではないでしょうか。
賢治は、最愛の妹・トシの死という最大の悲劇を経験しました。胸を引き裂かれるような深い悲しみと葛藤は、はからずも賢治の作品世界に豊かな陰影をもたらしました。それは私たちに大いなる勇気を与えると同時に、人間の実相を見極めようとするうえで、大きな指針となるように思うのです。(抜粋)

関連図書:
日蓮 (著)『日蓮聖人全集』、春秋社、2011年
植木 雅俊(著)『100分de名著 日蓮の手紙』 ‎NHK出版 (100分de名著)、2023年

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