競争という信仰
鹿毛雅治『モチベーションの心理学』より

Reading Journal 2nd

『モチベーションの心理学 : 「やる気」と「意欲」のメカニズム』 鹿毛雅治 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

第7章 場とシステム―環境説(その3)
   2 競争という信仰

第7章1節では、環境としての「アメとムチ」(前半がムチ、後半がアメ))が取り上げられ、そのモチベーションとの関係が解説された。引き続いて2節では「競争」が取り上げられている。


中世からルネッサンス期までの教育では、罰を与えることが唯一の動機づけの方法であった。しかし、16世紀半ば以降、競争心を煽り立てるという方法が、体罰で脅かさなくても子どもが勉強するという驚くべき新事実として普及していった。

これは教育だけの話ではなく、「資本主義経済の基本原理」に競争は自明視されていて、われわれの生活の中でしっかりと根付いている。実際に「競争させる」という方法やシステムを望ましいと思っている人も少なくない。

ここで著者は、しかし注意が必要だ、と言っている。
一口に競争といってもそれは多義的であり、一緒くたに扱って理解してはいけない。特に環境側が提供する「勝ち負け」の枠組みに基づく「構造的な競争」と個人の側の願望に基づく「意図的な競争」を区別する必要がある。

まず「意図的な競争」は、個人が特定の状況を競争と感じているか否かという認識に起因する競争である。それは個人の達成要求の強さなど、特性レベルのモチベーションが関係する。

そして、環境説の観点から着目するのは「構造的な競争」である。
環境としての「競争」は、ドイチェによって定義された。ドイチェは、「あるメンバーがの成功が他のメンバーの成功可能性を減じるようなシステム」を競争と定義した。この場合は、他者の成功が自分の成功可能性を低めるような否定的な依存関係となり、一方の利益と他方の損失を合計すると零になる(ゼロサム事態)。

重要なポイントは、このような「構造的な競争」が自他を比較する心理プロセスを引き起こすという点にある。人は他者と比べられる状況に置かれると、他者との相対的な優劣に関心が向けられ、自己価値が脅かされる心境に陥る。(抜粋)

このような競争の事態では、すべてのメンバーの自己価値動機が発動し、

  • ①.自尊心を高めるための行動
  • ②.自尊心を低めないための行動

また、マスタリー目標や課題関与よりも、パフォーマンス目標と自我関与が促されるココ参照)。

そして、自分の有能(無能)さに関心が向き、その評価が気がかりになる。

少数の「努力せずとも成果を成し遂げられる人」にとっては、さしたる問題ではない。
「大多数の人」にとっては、有能だと評価されるために「努力したことを隠してひそかに努力してそれなりのパフォーマンスを得る」という戦略が理想的になる。そして、「努力しても成果を上げる自信(結果期待)がない人」の場合は、「努力することを放棄しパフォーマンスが低いのは努力しなかったからだと開き直り、少なくとも自分に能力がないわけではないと暗に主張する」ことで自己価値を下げることを避けることを選ぶことになる。

競争状態は、モチベーションを高めるに違いないが、重要なのは「勝つ」ことになるため質が二の次になってしまう。

特に、「成果の卓越性をとるか、それとも自尊心をとるか」という究極の二者択一が迫られる場面では自尊心を優先させることになり、結果としてパフォーマンスの卓越性が犠牲になることがありうる。(抜粋)

実際に競争はパフォーマンスを高めるわけでなく、その効果はほぼないという。その理由として、競争により有能さを積極的に示そうとするパフォーマンス接近目標と無能さの露呈を避けようとするパフォーマンス回避目標の両方を高めてしまい。結果として、パフォーマンス接近目標が高い人のパフォーマンスは上がるが、パフォーマンス回避目標の高い人のパフォーマンスは下がるため、全体として競争の成果がないということである。また、競争事態は、他者を出し抜く、貶めるという自己中心性を高めたり、「敗者」になる恐れや、「勝者」への妬みを起こす。

以上を踏まえると、「競争がモチベーションや成果を高める」と無条件に思い込んだり、やる気を高めようとして安易に競争させたりすることが危険であることがわかる。
その一方、環境側が提供する競争を全否定するのも非現実的で極端な考え方かもしれない。結局のところ、競争のメリット・デメリットを踏まえ、ケースバイケースで検討せざるをえない。まずは、いったん立ち止まって、何のため、誰のための競争なのかを問うことが肝要だ。(抜粋)

競争が建設的になるための条件は、

  • ①.勝つことそれ自体が相対的に重要視されないこと
  • ②.すべての参加者に勝つチャンスが保証されていること
  • ③.わかりやすく具体的ルール、手続き、基準が示されていること

である。少なくとも競争が当人の「成長のチャンス」と理解されることが重要である。

われわれに求められているのは、このような個人要因としての「意図的な競争」を環境要因としての「構造的な競争」と峻別し、前述したような競争の弊害を認識しつつ、成長(当人にとってのメリット)と成果の卓越性(組織にとってのメリット)を両立させる方向で具体的な解決策を探ることなのではなかろうか。(抜粋)

コメント

タイトルとURLをコピーしました