アメとムチの神話(後半)
鹿毛雅治『モチベーションの心理学』より

Reading Journal 2nd

『モチベーションの心理学 : 「やる気」と「意欲」のメカニズム』 鹿毛雅治 著 
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

第7章 場とシステム―環境説(その2)
   1 アメとムチの神話(後半)

環境説の1節「アメとムチの神話」前回「ムチ」の部分まで進んだ。今日のところは「アメ」に話が移る。


モチベーションの研究は人に何かをさせようとする関心から生まれた(第1章1節参照)。問題の関心は、どのようにすれば人を動機づけられるかという「させる方法」であり、「させる理論」の研究が盛んにおこなわれた。
この「させる方法」で目に見えて効果があるのは、「罰」である。しかし、問題点も明らかかであり、なによりもそれは暴力である。そのため、「ムチ(罰)」より精錬された方法と考えられてきたのが「アメ(報酬)」である。

何を報酬と考えるかは、個人差があるが、その代表的な報酬は「金銭」である。金銭は「快」感情がともなう正の誘因であり、金銭を得るために接近動機づけが生じる。ただし問題はその後にある。

報酬システムは必ず外発的動機づけを高めるため、人を動機づける。しかし、環境要因としての報酬システムは、モチベーションの質を必然的に規定してしまう。そのため報酬システムが機能しているうちは、当人が報酬を予知することにより、それに適した行動をする。しかし、これはあくまでそのシステムが存在するという条件付きである。
報酬システムは効果的であるが、モチベーション心理学では、それはベストではないとしている。

たとえばハーズバーグは、報酬システムはせいぜい見栄えのよい「尻を蹴とばせ方略」にすぎないと指摘する。罰に比べればかなりマシかもしれないが、いずれも「させる方法」にすぎないという点では大差ないからだ。(抜粋)

ハーズバーグの提唱した「動機づけー保障理論」では、報酬は保証要因(それが不十分だと不満を感じさせる要因)であるが、促進要因(行為自体の充実感を促す要因:モチベーター)ではないとしている。同様に、強化の意義を主張するスキナーは、報酬は一見接近動機づけにみえるが、その実態は回避動機づけにすぎないと同様な意見を述べている。

報酬の提供の背後にある思想、すなわち「人が欲しがったり必要としたりするものを、ある条件のもとで提供し、それによって行動をコントロールすること」は通俗行動主義と呼ばれ、その考えたかは世に蔓延している。(抜粋)

このような考え方の弊害は多く指摘されている。しかし報酬システムによって生じる外発的動機づけにはメリットもある。報酬システムの導入によりあまり興味のない行動を実際にしてみることになり、その結果としてポジティブ感情が随伴することがあるからである。そのメリットとしては、

  •  「習慣化」:ポジティブ感情の随伴が繰り返されると、その行為が習慣化される。その行動が一般に望ましい場合は、習慣化は外発的動機づけのポジティブな効果と言える。
  •  「内発的動機づけへの転化」:当初は目的達成の手段だったものが次第に活動や対象が目的そのものへ変化(機能的自立)し、内発的動機づけ成る場合は、結果としてそのパフォーマンスが向上する。
  • ③ 「意義や価値の理解による自律化」:その行動の意義や価値を理解するプロセスが伴われることで行為がより主体的な事に転嫁した(有機的統合理論を参照)場合は、その行為がより積極的な姿勢で取り組めるようになる。

ここから、成果主義に基づく報酬システムとその手法である目標管理について、富士通の失敗例を交えながら解説している。

1990年以降多くの企業で「成果主義」が導入された。その理由は従業員のモチベーションを上げることにある。そ成果主義を日本で初めて導入したのが富士通であった。しかし、この成果主義が富士通をボロボロにしてしまう。

富士通が導入した「目標管理」は、「明確な目標に対する成果の客観的な評価といった合理的プロセスを通して、従業員本人が自分自身の目標を設定することで自らを動機づけることを可能にする」という「セルフ・コントロール」の手法でドラッガーが提唱した。

この目標管理は、自分自身を動機づけるという報酬システムで、「させる方法」からの革新が目的であった。ここで重要な原理がセルフ・コントロールである。

その特質は、報酬システムに目標設定理論(第3章2節)を組み込んだ点にある。しなわち、成果主義をベースとして、目標設定に従業員自らが関与することで当事者性を高め、当人がその目標を意識し、その達成が公正に評価されることで、透明性が確保された説得力のある人事考査が可能になる。そのような進化した「しかけ」によって、仕事に対するやる気や意欲が高まると期待されていたのである。(抜粋)

しかし、富士通の場合、この報酬システムは様々な弊害をもたらし、社員全体のモチベーションを低下させただけでなく、業績も悪化してしまった。

では、なぜこのようなシステムが機能しなかったのだろう。
実はこのシステムの本質は、「従業員全体が自分たちの目標を実現するには、会社が繁栄するように脇目もふらずに努力するのが一番だと思う状態」を目指しているものであり、「「自己管理」という名の下で、自分で自分を外発的に動機づける機械になりきる」ことが従業員に求めるものである。つまり、成果主義に基づく目標管理は、「外発的動機づけを内面化し自己完結されるシステム」である。

しかし、従業員にその正体、つまり「させる側」の論理に依存した「させる方法」だと見透かされてしまい、モチベーションの低下につながってしまった。

このシステムには相手が人間であるという視点が欠場している。人間は授けられ目標を主体的に達成しようとするような存在ではないのだ。(抜粋)

この「成果主義」がダメな本質的な理由は、前述の「動機づけ‐保障理論」によって明らかになっている。賃金はあくまで保証要因(不満足要因)であり、仕事自体によって生じる満足感にはつながらない。いくら工夫された報酬システムでも、モチベータ(満足要因)に成り得ないのである。

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