『モチベーションの心理学 : 「やる気」と「意欲」のメカニズム』 鹿毛雅治 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第5章 学びと発達―成長説(その2)
1 成長へのモチベーション(後半)
われわれは、行為を意味づけする傾向がある(ココ参照)。そもそも人は、意味を求める存在で「意味への欲求」を持っているという主張がある。
この「意味への欲求」は、「自分の生活や人生に十分な意味あると感じたいという欲求」である。そして、それは以下の二つの要素がある。
- 1.「目的を持って生きたい」「行為に目的があると考えたい」という意味に目的が含まれている点
- 2.「自分の(過去と現在の)行為を正しくてよいものだと感じたい」という価値が含まれているという点
ここで著者は、この「意味への欲求」を説明するために、ナチの強制収容所の極限状態を描いたフランクルの『夜と霧』の話を取り上げ、人間が生きたいという欲求を持ち続ける一方で、生きる意志を保つことは困難であるといっている。フランクルは、大勢の聴衆の前で「強制収容所の心理学」というテーマで講演することを思い描き、生き続けるモチベーションとした、しかし、
生きる目的を見いだせず、生きていても何もならないと感じ、自分の存在する意味や努力する意義を見失った人は悲惨だと語る。「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える。」というニーチェの格言を彼が引用した所以である。(抜粋)
成長説を代表する学説に「人間性心理学」がある。この学説は、自己実現の重要性と欲求階層説を唱えたマズローやカール・ロジャースによって唱えられ、1950年代以降に精神分析、行動主義に対して第三の勢力と呼ばれた。
この説の根本には、人間の成長に対する絶対的な信頼感がある。
成長とは、決して完成することのない自己改善プロセスであり、その意味で自己実現への要求は、完全に充足することは無い。これは、満足という完了状態がある欠乏欲求と対照的である。
マズローの欲求階層説では、最上位の「自己実現への欲求」のみが成長欲求であり、「自尊の欲求」を含むそれより下位の欲求はすべて欠乏欲求としている。このことを踏まえての解説であると思う。なお、「自尊の欲求」が欠乏欲求に含まれることについては、前章5節で触れられている。(つくジー)
ここで、「幸福な人生(生活)」と「意味のある人生(生活)」について、オーバーラップはあるもののその重要な点で異なるとの研究を紹介されている。
自分を幸福だと感じる人は現在志向で、自分を受け取り手だと感じているのに対して、自分の生活が有意義だと感じる人には、過去、現在、未来を相互に結びつけようと考える指向性があり、自分を与え手だと感じる傾向がみられた。また、深く考える時間を求めていて、アイデンティティや自己実現への関心も高かった。(抜粋)
マズローは、自己実現に関して、通常焦点を当てられがちな「成ること(becoming)」ではなく、「在ること(being)」に焦点を当てた。そして、至高体験(最高の幸福感で満たされる充実した、純粋な瞬間)に着目し、人間の認知パターンは、欠乏動機づけに基づくD認識(欠乏認識)と成長動機づけに基づくB認識(存在認識)に区別できるとした。
D認識(Deficiency cognition)は、デフォルトの認識で普段はD認識で生活している。
これは、空腹になると食べ物を探すといった欠乏動機づけに基づく。これに対して、B認識(Being cognition)は、飢餓で苦しむ子供たちに思いをはせるような認識である。
欠乏欲求に基づくモチベーション(欠乏動機づけ)においては、他者を自分の欲求を満たしてくれる存在とみなしがちになり、どうしても自己中心的になる。D認識はこのように自らの欠乏欲求を満たすためにという視点から世界を見るような体験である。
これに対して成長欲求に基づくモチベーション(成長動機づけ)では、自分の利害に関する意識を持たずに志向が展開し客観的世界と向き合うことが容易になる。B認識とは、われわれ自身のうちに世界を見るような認知である。また、B認識には正義、真実、美しさなどの具体的な価値が含まれている。
以上のようなことから、自己実現を「自己の潜在可能性を最大限に発揮して成長しようとするプロセス」として理解するだけでは十分でないことがわかる。・…中略・・・・自己実現には、能力の伸長に向けたモチベーションのみならず。そこにはよりよく生きようとする人としての成長(人格発達)に向けたモチベーションが含み込まれているのである。(抜粋)
ここより、成長説と関連で「ポジティブ心理学」について解説している。
ポジティブ心理学では、ウェルビーイング(最適な心理学的な体験とはたらき)が主題であるので、成長は重要なテーマとなっている。ポジティブ心理学の主要テーマである「ポジティブ感情」は、ウェルビーイングに対して望ましい影響を与え、成長に向けたモチベーションを促す。とりわけ現在進行形の状態レベルのモチベーションおいては、ポジティブ感情は、「これでよい」というシグナルの役割を果たす。
このポジティブ感情は、「拡張機能」と「形成機能」という2つのはらきがある(拡張-形成理論)。
- 拡張機能:ポジティブ感情が短期的に知覚、思考、行為の幅を広げ、より広範で柔軟な認知や行動の傾向を促進するという働き。
- 形成機能:ポジティブ感情が当人の資源(リソース)を形作る働き。
このように拡張-形成理論では、ポジティブ感情が当人の「思考‐行為のレパートリー」を広げ、持続的な個人的リソースを構築すると考えられている。さらに、ポジティブ感情の相乗的な効果によって、ウェルビーイングが促進されるプロセスを成長ととらえ、それをらせん状の変化として描き出しているのだ。(抜粋)
関連図書:ヴィクトール・E・フランクル(著)『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』、みすず書房、1956年
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