[再掲載]「巨大な「家」と女たちの「政治」」(紅楼夢)
井波 律子『中国の五大小説』(下)より

Reading Journal 1st

「中国の五大小説」(下) 井波律子 著
[Reading Journal 1st:再掲載]
(初出:2009-04-27)

『紅楼夢』の巻 — 「美少女の園」のラディカリズム 二 巨大な「家」と女たちの「政治」 — 王熙鳳の活躍と大観園造営

中国の人々は、「紅楼夢を読めば政治がわかる」と言います。ここでいう「政治」とは、いわば「関連性」のことです。(抜粋)

紅楼夢には大人たちの序列、使用人との関係、少女たちの関わりあい等々、人間関係のさまざまな「関連性」が書き込まれている。それは単に家庭内の問題でなく、政治的なアナロジーとなっている。

賈家に入った林黛玉はまずこの複雑な人間関係を理解しなければならなかった。賈家のような大家族では、それぞれの立場に応じて、細かいことの一つ一つまで暗黙のうちに決まっており、めいめいがこのルール、「礼の方式」を体得して身体化していることが必要であった。

賈家の女性たちは、二つのグループに分かれる一つは未婚の少女たちのグループ、もう一つは家政を担う既婚の女性たちである。この既婚の女性たちのうちトップに立つのは、当主の妻の邢婦人であるが、狭量かつ陰険な性格のため賈母からうとまれ、実際に家政の総責任をになったのは、賈母の二男の妻で宝玉の母の王夫人であった。しかし王夫人も管理能力に欠けるところがあり、結局王夫人の姪の王熙鳳おうきほうが家政を切り盛りした。

頭の回転が速く才気あふれる王熙鳳は賈母の大のお気に入りである。彼女は家政の支配権をがっちりつかみ、諸事万端にわたって差配してゆく。一方でちゃっかりとヘソクリを作ったり、勘にさわらるやつを容赦なく痛めつけるなど王熙鳳は、紅楼夢世界のスターの一人である。

未婚の女性たちにもさまざまな人間関係が働いている。その立場を決めっるひとつの大きな要因は、賈母からどれほど愛されているかであるが、一方、少女たちの背後にある「経済力」も大きな影を落としている。

賈家ゆかりの少女たちのうち、林黛玉、薛宝釵せつほうさ史湘雲ししょううん賈深春かたんしゅんの四人は紅楼夢世界でとりわけ鮮明に描かれているが、彼女達の経済的背景はいろいろであった。しかし、この四人は各々が心に深い傷を負っている点では、共通している。

さて、宝玉の姉で宮中に入った元春げんしゅんが貴妃になったという賈家にとってめでたい事が起こる。そして元宵節げんしょうせつにこの元春が里帰りすることになる。賈家では彼女を迎えるために膨大な費用を投じて大庭園「大観園だいかんえん」を造営することになる。この大観園には変化に富んだ要所要所に、それぞれ独特の風情をもった美しい建物がつくられる。元春は宮中に帰ってからこの大観園に貴公子の宝玉と賈家の少女たちを住まわせるようにと、使者を派遣する。

「美少女たちの園」である大観園には、物語世界の冒頭にあらわれた天上世界の夢幻境、大虚幻境たいきょげんきょうを思わせるものがあります。以後、この大虚幻境を地上に移しかえた大観園を舞台に神瑛侍者しんえいじしゃの生まれかわりである宝玉と、絳珠草こうじゅそうの生まれかわりである黛玉をはじめ、それぞれ仙女の生まれかわりである少女たちの物語が展開されてゆくのです。

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